目次
労働者の知識や技術を高めることは、企業の成長にとって必要不可欠です。労働者の職業能力が向上することは、労働者個人のメリットになるだけではなく、企業の成長にも大きく繋がります。そのため、労働者の職業能力を向上させるためにはセミナーや職業訓練が必要になり、その費用を企業が負担することもあるでしょう。
国の制度には、このような職業訓練にかかる費用について一定の助成を行う「人材開発支援助成金制度」があります。ここでは、人材開発支援助成金の概要と各コースの内容、申請方法を解説します。
1.人材開発支援助成金とは?
1-1.人材開発支援助成金の概要
人材開発支援助成金とは、企業で働く労働者の職業能力開発を促進するための国の助成金制度です。事業者が雇用する労働者に対して、職業に関連する専門的な知識や技術を習得させるために計画的に行う職業訓練や人材開発制度を導入した場合に、訓練にかかる費用や訓練期間中の賃金の一部を国が助成します。
国が人材開発支援助成金を支給することで、企業が職業訓練や人材開発制度を取り入れやすくなり、労働者のキャリアアップに繋がります。特に、人材を確保するだけで手一杯になってしまい人材育成まで資金を確保できない中小企業にとっては、この人材開発支援助成金の利用は効果的です。
ただし、人材開発支援助成金は申請するだけで助成金を受け取れる制度ではなく、実際に職業訓練や人材開発制度を実施し、労働者のキャリアアップを行うことで支給されます。
人材開発支援助成金の対象は、「Off-The-Job Training(OFF-JT)」と「On the Job Training(OJT)」の2つです。
OFF-JTとは、仕事場から離れた場所で、座学で行われる研修です。基礎知識や理論などのインプットを目的としています。
一方、OJTは仕事の現場で先輩や上司から実際に仕事を行いながら技術などを教わることです。仕事で即戦力となる技術を教わることができるメリットがあります。
人材開発支援助成金は、目的によって異なる7つのコースが用意されています。
1-2.目的によって異なる8つのコース
人材開発支援助成金の8つのコースを簡単にご紹介します。
①特定訓練コース
特定訓練コースは、労働者に効果の高い特定の教育訓練を10時間以上実施した場合に訓練にかかった費用と賃金の一部が支給されるコースです。労働生産性向上訓練や若年人材育成訓練など、6つの訓練が対象になります。
②一般訓練コース
一般訓練コースでは、職業に関する知識や技術を習得するために20時間以上のOFF-JT(座学での研修)を行った場合に訓練にかかった費用と賃金の一部が支給されるコースです。
③教育訓練休暇付与コース
教育訓練休暇付与コースは、教育訓練休暇制度を導入し、労働者が教育訓練などを受講するために必要な教育訓練休暇を与えた場合に訓練にかかった費用と賃金の一部が支給されるコースです。
④特別育成訓練コース
特別育成訓練コースとは、期間の定めがある労働者(有期契約労働者)に対して正社員への転換や処遇の改善を目的に計画に沿った訓練を実施した場合に訓練にかかった費用と賃金の一部が支給されるコースです。
⑤建設労働者認定訓練コース
建設労働者認定訓練コースとは、認定職業訓練または指導員訓練のうち、建設関連の訓練を実施した場合に訓練にかかった費用と賃金の一部が支給されるコースです。
⑥建設労働者技能実習コース
建設労働者技能実習コースとは、建設関連の訓練で若年者等の育成と熟練技能の向上など、キャリアに応じた技能実習を実施した場合に訓練にかかった費用と賃金の一部が支給されるコースです。
⑦障害者職業能力開発コース
障害者職業能力開発コースとは、障害者の労働者に対して職業能力開発訓練事業を実施した場合に訓練にかかった費用と賃金の一部が支給されるコースです。障害者の雇用の促進と維持が目的です。
⑧人への投資促進コース
2022年4月1日から新設されました。次の7つの訓練に分かれています。
- 高度デジタル人材訓練
- 成長分野等人材訓練
- 情報技術分野認定実習併用職業訓練
- 定額制訓練
- 自発的職業能力開発訓練
- 長期教育訓練休暇制度(教育訓練休暇付与コースから移設)
- 教育訓練短時間勤務等制度(教育訓練休暇付与コースから移設)
1-3.キャリアアップ助成金との違い
人材開発支援助成金と似た助成金制度にキャリアアップ助成金があります。この2つの制度はどちらも人事関連の助成金ですが、対象になる労働者と助成金の目的が異なります。
人材開発支援助成金の対象になる労働者は正規雇用者(正社員)であり、正規雇用者がさらに職業能力をアップさせ企業の効率化を図ることを目的としています。
一方、キャリアアップ助成金の対象者は契約社員やパート社員などの有期契約労働者であり、有期契約労働者の正規雇用者への転換を促進させ、雇用の安定を図ることを目的としています。
2.人材開発支援金の各コース内容
前項では人材開発支援金の7コースについて簡単にご紹介しましたが、ここでは利用しやすい特定訓練コースと一般訓練コース、特別育成訓練コースの3つに絞って、詳しく見ていきましょう。
2-1.特定訓練コース
特定訓練コースは次の①から⑥までの訓練が対象になります。
①労働生産性向上訓練
OFF-JTで行われる10時間以上の訓練であり、職業能力開発促進センターなどの特定の機関で実施される訓練が該当します。
②若年人材育成訓練
雇用契約開始後5年を経過していない労働者で満35歳未満である若年労働者に対してOFF-JTで行われる10時間以上の訓練が該当します。
③熟練技能育成・承継訓練
熟練の技能労働者が、指導能力強化や技術を次の世代へ承継するための訓練、認定職業訓練を受講した場合が該当します。特級技能検定、1級技能検定合格者などが熟練技能労働者に該当し、訓練はOFF-JTにより10時間以上の実施が必要になります。
④認定実習併用職業訓練
特定分野に関わらず厚生労働省より認定を受けた実習併用職業訓練を実施し、訓練後にジョブ・カードによる職業能力の評価を実施した場合に該当します。対象者は満15歳から45歳までの新たに雇い入れた労働者(訓練開始日までが2週間以内)です。訓練はOJTとOFF-JTを効果的に実施することが求められ、訓練実施期間が6か月以上2年以下であり、1年間の訓練時間が850時間以上必要です。
2-1-1.対象になる経費等
特定訓練コースでは、OFF-JTによる訓練で支出した経費が対象になります。具体的な経費は次の通りです。
<対象になる経費(一部のみ記述)>
- 外部の講師へ支払った謝金や手当、交通費
- 会場の使用料やマイク設備などのレンタル料
- 訓練に必要な教材の購入費、または作成費用
2-1-2.特定訓練コースの助成額と助成率
特定訓練コースの助成額と助成率は次のとおりです。※カッコ内は中小企業以外の助成額と助成率です。
特定訓練コース | 経費助成 | 賃金助成 (1人1時間当たり) |
OJT実施助成 (1人1コース当たり) (雇用型訓練のみ) |
|||
---|---|---|---|---|---|---|
※生産 | ※生産 | ※生産 | ||||
OFF-JT | 45% (30%) |
60% (45%) |
760円 (380円) |
960円 (480円) |
– | – |
OJT | – | – | – | – | 20万円 (11万円) |
25万円 (14万円) |
※生産:生産性要件を満たす場合
経費助成限度額は次のとおりです。※カッコ内は中小企業以外
20時間以上 100時間未満 |
100時間以上 200時間未満 |
200時間以上 | |
---|---|---|---|
特定訓練コース | 15万円 (10万円) |
30万円 (20万円) |
50万円 (30万円) |
2-1-3.生産性要件を満たす場合とは
助成額と助成率が増額される「生産性要件を満たす場合」とは、次の要件を満たした場合に該当します。
- 訓練開始日が属する会計年度の前年度の生産性とその3年度後の会計年度の生産性を比べて6%以上伸びていること
<生産性の計算式>
生産性=付加価値÷雇用保険被保険者数
2-2.一般訓練コース
一般訓練コースは「特定訓練コース以外」の職業に関連した知識や技術を習得するための訓練を実施した場合の助成金です。訓練はOFF-JTによって行われ、20時間以上必要です。また、定期的なキャリアコンサルティングを実施することを就業規則等で定める必要があります。一般訓練コースの助成額と助成率は、特定訓練コースよりも低く設定されています。
対象になる経費は、特定訓練コースと同様です。「2-1-1.対象になる経費等」をご覧ください。
2-2-1.一般訓練コースの助成額と助成率
一般訓練コースの助成額と助成率は次のとおりです。
一般訓練コース | 経費助成 | 賃金助成 (1人1時間当たり) |
||
---|---|---|---|---|
※生産 | ※生産 | |||
OFF-JT | 30% | 45% | 380円 | 480円 |
※生産:生産性要件を満たす場合については、「2-1-3.生産性要件を満たす場合とは」をご覧ください。
経費助成限度額は次のとおりです。※カッコ内は中小企業以外
20時間以上 100時間未満 |
100時間以上 200時間未満 |
200時間以上 | |
---|---|---|---|
一般訓練コース | 7万円 | 15万円 | 20万円 |
2-2-2.特定訓練コースと一般訓練コースの申請方法
特定訓練コースと一般訓練コースは同様の申請方法で行います。原則的には次の手順によります。
手順①申請の準備
各都道府県の労働局に相談し、社内の職業能力開発推進者の選任や事業内職業能力開発計画の策定を行います。
手順②実習併用職業訓練に関する厚生労働大臣の認定を受ける
※認定実習併用職業訓練の場合のみ必要です。
実践型人材養成システム実施計画の提出を行い、厚生労働大臣の認定を受ける必要があります。(訓練開始日から2か月前までに提出が必要です。)
手順③訓練実施計画届の提出
訓練実施計画、年間職業能力開発計画などを作成し、訓練開始日から1か月前までに労働局へ提出します。
手順④訓練の実施
訓練を実施し、実施時間や実施内容、訓練の経費を記録します。経費の領収書は申請時に必ず必要になりますので保管しておきましょう。
手順⑤支給申請書の提出
訓練終了日の翌日から2か月以内に支給申請書を労働局に提出します。
手順⑥助成金の支給決定または不支給決定
労働局の審査後、支給決定または不支給決定が行われます。審査期間は地域によって異なりますが、約半年程度が目安になるでしょう。
2-2-3.特定訓練コースと一般訓練コースに必要な書類
特定訓練コースと一般訓練コースに必要になる書類は、共通して必要になる書類と特定訓練コースの各訓練に必要な書類、一般訓練コースに必要な書類があります。申請様式を厚生労働省のサイトよりダウンロードして作成し、必要な資料を添付します。詳しくはこちらをご確認ください。
【参照】厚生労働省:人材開発支援助成金(特定訓練コース・一般訓練コース)のご案内(詳細版)
2-3.特別育成訓練コース
特別育成訓練コースは有期契約労働者などを正規雇用労働者へ転換、または処遇の改善を目的とした訓練を実施した場合の助成金です。訓練には次の3つがあります。
①一般職業訓練
訓練はOFF-JTによって行われ、20時間以上必要です。ただし、育児休業中訓練の場合や中長期的キャリア形成訓練の場合については訓練時間や内容が異なります。
②有期実習型訓練
OFF-JTとOJTを組み合わせた訓練が2か月から6か月必要です。(総訓練時間が425時間以上)訓練はジョブ・カードを活用して行われます。
③中小企業等担い手育成訓練
製造業または建設業などの分野で、業界団体を活用しOFF-JTとOJTを組み合わせた最大3年の職業訓練です。
2-3-1.特別育成訓練コースの助成額と助成率
一般訓練コースの助成額と助成率は次のとおりです。※カッコ内は中小企業以外の助成額と助成率です。
特別育成訓練コース | 賃金助成 (1人1時間当たり) |
経費助成(※1) | 実施助成 (1人1コース当たり) |
|||
---|---|---|---|---|---|---|
※生産 | ※生産 | ※生産 | ||||
OFF-JT 一般職業訓練・ 有期実習型訓練 |
760円 (475円) |
960円 (600円) |
70% 60% |
100% 75% |
– | – |
OJT 有期実習型訓練 |
– | – | – | 10万円 (9万円) |
13万円 (12万円) |
※生産:生産性要件を満たす場合については、「2-1-3.生産性要件を満たす場合とは」をご覧ください。
※1 上段は正社員化した場合、下段は非正規雇用を維持した場合
経費助成限度額は次のとおりです。※カッコ内は中小企業以外
20時間以上 100時間未満 |
100時間以上 200時間未満 |
200時間以上 | |
---|---|---|---|
一般職業訓練・ 有期実習型訓練 |
15万円 (10万円) |
30万円 (20万円) |
50万円 (30万円) |
2-3-2.特別育成訓練コースの申請手続きと必要書類
特別育成訓練コースと申請手続きと必要書類は訓練ごとに異なります。詳しくはこちらをご覧ください。
【参照】厚生労働省:人材開発支援助成金(特別育成訓練コース)のご案内(詳細版)
まとめ
今回は「人材開発支援助成金制度」についてご紹介しました。
従業員の職業訓練は、訓練の種類によって様々な助成金が用意されています。ただし、助成金は細かく設定されており、申請手続きも複雑です。
人材開発支援助成金制度に関するFAQ
人材開発支援助成金は、どんな種類の助成がありますか?
人材開発支援助成金の助成の種類には、賃金助成と経費助成があります。賃金助成は、訓練期間中の賃金の一部を助成するもので、経費助成は、訓練にかかる経費の一部を助成するものです。ほかに、OJT実施助成もあります。
人材開発支援助成金は、いくらもらえますか?
人材開発支援助成金は複数のコースがあり、助成金額はそれぞれ異なります。賃金助成は、1人1時間当たり380~960円の範囲です。経費助成は、30%~100%の範囲です。
人材開発支援助成金の支給申請はいつまでですか?
訓練開始日から1か月前までに、訓練計画書を労働局へ提出します。訓練終了日の翌日から2か月以内に、支給申請書を労働局に提出します。