
目次
近年、家族信託を行う人が増加(※)しています。それだけメリットも大きい家族信託ですが、事前準備をきちんとしておかないと有効に働かない可能性もあります。
今回は、家族信託の契約書についてサンプルを交えて詳しくご紹介します。
※20019年10月1日付日本経済新聞によると、日本公証人連合会の調査で、「18年1~6月と19年1~6月を比べると前年比22%増だった」としています。
1.契約書の記載事項
契約書には何を記載したら良いのでしょうか。漏れなく記載しなければならない事項をご紹介します。
1-1.なぜ契約書を作成するのか
家族信託とは自身が将来判断能力を失った時に備えて、所有している財産の管理を家族に託すことです。
家族信託を実行するにあったっては、当事者間で信託内容を話し合い、契約を結ぶ時点が最も重要な段階となります。
家族信託は、財産を託す側の人が判断能力を失ってしまったときに力を発揮しなければならない契約ですので、実際に発揮すべき時に受託者が契約に従わない事態になったとしても、委託者は判断能力を失っていますので対応のしようがありません。
法律的に有効な契約書は、そのような事態を防ぐのに重要なアイテムとなります。
1-2.記載すべき事項
契約の趣旨
これから作成する契約書が、家族信託契約に関するものであることを明記します。
信託の目的
その家族信託を行う目的を明記します。
例えば、「○○が認知症により判断能力を失ってしまった場合に、財産の管理を○○に任せたい。」などです。
委託者・受託者・受益者
家族信託の登場人物である、委託者、受託者、受益者が誰であるかを明記します。
委託者とは財産を託す人、受託者とは財産管理を請け負う人、受益者とはその財産から得られる経済的利益を受け取る人です。委託者≠受益者では贈与税が課されてしまいます。
信託財産
受託者へ預けることになる信託財産を明記します。どの財産か特定できるように記載してください。
例えば不動産の場合には、登記されている所在地と全く同じに記載します。
信託財産の管理方法
受託者は、委託者との間で取り決めた契約の範囲でしか、信託財産の管理や処分は行えません。
どのように管理して、その財産から得られる経済的利益はどうするのかなど、できるだけ詳細に記載しておきましょう。
2.信託契約書の具体例
家族信託の契約書の代表的な具体例を簡単にご紹介します。
具体例につきましてはあくまで雛形であること、必要最低限の内容である点をご理解ください。契約書の内容は家族信託ごとに千差万別です。ご自身の状況に合わせて、適宜書き換えながらご使用ください。
2-2.以降の契約書については、その内容を契約書へ反映させることの難易度が高いため、プロに依頼されることをおすすめします。
2-1.認知症対策の契約書
賃貸不動産の所有者が認知症で正常な判断能力を失ってしまった時に備えて、子を受託者とする家族信託を行う場合の契約書の具体例をご紹介します。
2-2.不動産共有を避けるための契約書
戸建やマンションといった不動産は物理的に分割することが不可能です。不動産と同等の価値がある財産がない場合には、不動産の所有者となった相続人が、他の相続人に代償金を支払う、売却により現金化して分配する、共有名義で相続する、という方法でしか平等に分割できる方法がありません。
しかし、一方で、「不動産の共有名義は避けた方が良い。」と一度は聞かれたことがあるでしょう。
共有名義にしてしまうと、修繕や売却などその不動産に関することは名義人全員の同意を得なければ進められなくなってしまいます。また、共有名義のまま相続を重ねていくと、名義人の数が膨れ上がってしまい、手が付けられなくなってしまうのです。
ここで家族信託を利用すると、その不動産の管理を行う受託者を1人、不動産から得られる家賃などの利益を貰う受益者を相続人全員とすることで、受託者は不動産管理を進めるにあたって、事あるごとに相続人全員の同意を得る必要はなく、かつ、利益は相続人全員で平等に分けることができますので、共有名義にすることなく実質的に平等な相続を実現することができます。
この場合の契約書には、複数人の受益者の記載が必要になります。
受益者になる人の住所氏名を漏れなく記載することはもちろんのこと、記載された受益者の判断能力がなくなってしまった場合や死亡した場合などについても、フォローできるように、契約書には次のような記載をしておきます。
記載例
第○条
受託者○○は、次の方法により信託不動産を管理運用することができる。
各当初受益者が死亡した場合、判断能力の低下、著しい身体能力の低下、その他受益権を行使することが難しい状況になった場合には、子がその受益権を引き継ぐこととする。
2-3.財産を自分の直系血族にのみ相続させる契約書
例えば、配偶者とは再婚であり、以前の配偶者との間にも子があったとします。
遺言書では自分自身の財産の行方を指定することしかできませんので、このような場合には配偶者へ渡った財産が、以前の配偶者との子へ渡ってしまう可能性があります。被相続人からすると赤の他人になりますので、避けたいと思われる人もいらっしゃるでしょう。
家族信託であれば、2代でも3代でも、それ以上先までも資産承継を指定することができます。
この場合の契約書では、受託者が受け継がれていく先が重要となりますので、誰に、何代先まで指定するのかなど明確に記載してください。子がいない場合についてもフォローできるように、契約書には次のように記載しておくと安心です。
記載例
第○条
「当初受託者○○が死亡した場合の第二受託者は○○の子とし、第二受託者が死亡した場合の第三受託者は第二受託者の子とする。
又は、
第○条
当初受託者、第二受託者に子がいない場合には、委託者と受益者との合意により委託者の直系血族内から新受託者を選任する。すでに委託者がいない場合には、受益者が単独で受託者を選任する。
3.信託契約書の作成ポイント
契約書を作成していくうえで、押さえていただきたいポイントをご紹介します。
3-1.契約書は公正証書にする
家族信託の契約書はその効力が長期に渡るものであり、かつ、委託者が判断能力を失ってしまった時に備えるものですので、公正証書化しておいた方が安心かと思います。
公正証書は、公証人の立ち合いのもとに作成された契約書になりますので法的な効力は強く、受託者が当初の契約に反する行為をした場合などに対抗できる確固たる証拠書類となります。
また公正証書は、原本が公証人役場に保管されますので紛失や偽造の心配もありません。
公正証書化するために必要になる主な書類は次の通りです。
必要書類
- 実印
- 印鑑証明書
- 本人確認書類
(マイナンバーカード、運転免許証など)- 信託財産に関する資料
(預金の場合には通帳、不動産の場合には登記事項証明書など)
など
3-2.雛形の書式に頼りすぎない
雛形は、あくまでも見本であるということを忘れないでください。
雛形と全く同じ契約内容というのは存在しませんので、雛形の項目を埋めていくだけでは契約内容をすべて反映できない可能性があります。
雛形を参考にされつつ、適宜の修正や追記が必須になります。
4.家族信託の契約書作成はプロに依頼した方が良い
信託契約書の作成方法をご紹介してまいりました。
契約書は雛形を利用しながら、当事者で作成することはもちろん可能です。しかし実際には多くの場合でプロに依頼されますし、依頼されることをおすすめしています。
なぜでしょうか。最後に、プロに依頼した方が良い理由と、依頼する流れをご紹介します
4-1.プロに依頼した方が良い理由
家族信託はまだ歴史の浅い制度で、見本となる資料や情報が少ないのが実状です。専門的知識のない人だけで誤りや漏れのない契約書を作成することは、想定されている以上に負担が大きく、万が一、契約書に不備があった場合に発生するかもしれないトラブルを想定しますと、プロに依頼した方が安心かと思います。
プロに依頼した場合には、契約の作成のみならず、家族信託の契約前からアドバイスを受けてより良い家族信託計画を立てることができますし、公正証書化や家族信託が実行された後もサポートを受けることができます。
4-2.依頼できる士業とは
次の士業は多くの人が家族信託を取り扱っています。
- 税理士
- 弁護士
- 司法書士
ただしこれらの士業であれば誰でも家族信託を完璧にサポートできるというものではありません。
家族信託はまだ歴史の浅い制度ですので、人によってはあなたの依頼で初めて取り扱うということもあり得ます。
家族信託は、その人の経験値が非常に重要になりますので、これまでの取扱い実績を十分に確認して依頼されるようにしてください。
その家族信託の後に相続税が関係する可能性がある場合には、税理士に依頼するとその節税も含めた計画を立てることができます。
4-3.プロに依頼する際の流れ
家族信託をプロに依頼する場合には、次のような流れで進んでいきます。
- 依頼先のプロを探す。
- プロのアドバイスや提案を受けて、家族信託計画を立てる。
- プロが計画に応じた契約書を作成する。
- プロが契約書を公正証書化する。
- 信託財産が不動産である場合には、プロが信託登記をする。
- 家族信託がスタート後も適宜プロがサポートする。
4-4.プロに依頼する前に準備しておきたいこと
プロに相談する前までに次のことは希望を明確にしておかれると、プロもアドバイスがしやすく、家族信託がスムーズに進みます。
受託者と信託財産
誰に何の財産をいつ信託したいのかを決めておきましょう。
プロは当事者の希望を聞いたうえで、相続税や法律などの観点から、それはこうした方が良いとアドバイスすることができます。
信託する目的の周知
どうして家族信託を行いたいのか、家族信託を行うことによってどのような良いことがあるのかを、将来相続人になるかもしれない人全員に周知しておきましょう。
知らないところで家族信託の話が進んでいたとなると、トラブルが発生する可能性が高くなります。
受託者との信頼関係の確認
家族信託を行うにあたって、受託者が誰になるかというのは非常に重要なポイントです。
受託者は委託者との契約に従い、長い場合には数十年にわたって委託者の財産を管理しなければならないのですから、元々の信頼関係がカギとなります。
万が一、受託者が契約を放棄してしまうなどのトラブルになったとしても後悔はしないというくらいの覚悟で契約された方が良いかと思います。
プロに依頼する際の費用
プロへの報酬はそれぞれが自由に取り決めていますので一概にはいえませんが、相場としては信託財産の1%程度で、30万円から100万円の間に収まる人が多いようです。
不動産が含まれている場合には、信託財産の金額が大きくなりやすく、かつ、信託登記が必要になるため報酬が高額になる傾向にあります。