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どんなに元気な人でも年齢とともに判断能力が低下していくことは、どうしても避けることはできません。判断能力が低下した場合に、自分の財産を家族に託して管理をしてもらう家族信託制度が新しい財産管理の方法として注目されています。
家族信託制度を利用することで、「認知症対策」だけではなく、「跡継ぎを先々まで指定できる」「遺言書の補完」など様々なメリットを得ることができます。自分の意思を後世に残すことができる家族信託制度ですが、「税金面ではどのような課税関係が生じるのか」については、あまり知られていません。
ここでは、家族信託制度を利用した場合に何の税金が誰に課税されるかについて、具体例とともにご紹介します。
1.家族信託では受益者課税の原則(所得税)
家族信託では、原則的に受益者に所得税が課税されます。その理由は、家族信託の役割の中で利益を得ている人は受益者だけになるためです。
1-1.委託者・受託者には原則所得税が課税されない
委託者は受託者へ財産を託しているだけのため、利益を得ることはありません。
また、受託者は受益者のために財産の管理等を行うだけのため、利益を得ることはありません。家族信託での実質的な財産の所有者は受益者になると判断されるため、実際に利益を受ける受益者に所得税が課税されます。
これを「受益者課税の原則」と言い、家族信託においては課税の原則となっています。
1-2.例外的に委託者に所得税が課税される「自益信託」
ただし、例外的に受益者以外にも所得税が課税される場合もあります。
委託者が受益者の役割を担っている「自益信託」の場合には所得税が課税されます。
委託者と異なる人物が受益者を担っている場合は「他益信託」と呼ばれ、委託者と受益者を同一の人物が担う場合は「自益信託」と呼ばれています。
他益信託では「受益者課税の原則」により、委託者には所得税の課税は発生しません。しかし、自益信託の場合は委託者が受益者も担っているため所得税が課税されるのです。
他益信託 | 委託者≠受益者 | 委託者に所得税の課税なし |
自益信託 | 委託者=受益者 | 委託者に所得税の課税あり |
2.家族信託に課税される贈与税
2-1.家族信託設定時に課税される贈与税
家族信託の設定時には、受益者に「贈与税」が課税されます。
信託財産は委託者から受託者に形式的所有権が移転することになりますが、「実態主義・受益者負担」が税金の基礎となっているため、贈与税は受益者に課税されます。
ただし、委託者と受益者が同じである自益信託については実質的所有権に変更がないため、贈与税が課税されることはありません。
受益者に課税される贈与税は所得税に比べて高額になるケースが多く、家族信託を行う場合にはどのくらいの贈与税が受益者に課税されるかよく検討して信託設定を行いましょう。
他益信託 | 委託者≠受益者 | 受益者に贈与税の課税あり |
自益信託 | 委託者=受益者 | 受益者に贈与税の課税なし |
他益信託でも例外的に贈与税が課税されない信託
ただし、他益信託でも、次の信託については、贈与税が課税されないことになっています。
確定給付企業年金信託、年金信託
確定給付企業年金信託、年金信託は、事業者や企業年金基金などが委託者、従業員などが受益者、信託銀行などが受託者となる他益信託です。確定給付企業年金法に基づいた信託のため贈与税が課税されません。
特定贈与信託
特定贈与信託は、障がい者がいる家庭の生活の安定を目的とする他益信託です。障がい者の親族が委託者、障がい者本人が受益者、信託銀行などが受託者になり、定期的に障がい者本人へ金銭を交付する制度です。障がい者に対する贈与税の非課税制度により、特別障害者の方については6,000万円、中軽度の障がいの方(2級の知的障がい者、又は3級の精神障がい者)については3,000万円までの贈与税が非課税になります。
教育資金贈与信託
教育資金贈与信託は、子供や孫に「教育資金」として信託銀行などに金銭を信託した場合に1,500万円までの贈与税が非課税になる他益信託です。(学校以外の費用については500万円までが非課税になります。)
結婚・子育て支援信託
結婚・子育て支援信託は、子供や孫に「結婚・子育て支援信託」として信託銀行などに金銭を信託した場合に1,000万円までの贈与税が非課税になる他益信託です。(結婚に関する費用は300万円までが非課税になります。)
2-2.家族信託終了時に課税される贈与税
家族信託が終了した時は、信託財産の所有権が受益者に移転することになります。
他益信託の場合は、信託設定時に既に受益者に贈与税が課税されているため、新たに贈与税が課税されることはありません。
一方、自益信託については、信託終了時に受益者以外の人が信託財産を取得した場合に、贈与税が課税されることになります。
他益信託 | 委託者≠受益者 | 新たに贈与税の課税なし |
自益信託 | 委託者=受益者 | 新たな信託財産の所有者に贈与税の課税あり |
3.信託受益権は相続税の対象
受益者が所有する受益権は、信託契約が終了する前に受益者が死亡した場合、相続財産となり相続税の対象になります。
信託受益権の相続税評価の算出はとても複雑で、受益者が複数いる場合や元本受益権と収益受益権の受益者が異なる場合などによって、受益権の相続税評価方法が異なります。信託契約の受益者が被相続人になる場合は、専門家に相談することをおすすめします。
4.例外的に受託者に課税される固定資産税
ここまでご紹介したとおり、受益者課税の原則により贈与税・所得税は受益者に課税されますが、例外として不動産を信託財産にした場合の固定資産税については「受託者」に納税通知書が送付されてきます。
これは、固定資産税納税通知書は不動産の所有者に形式的に送付されるため、信託財産の登記簿上の所有者である受託者が受け取る形になるためです。
ただし、受託者は信託財産の管理を行っているに過ぎないため、実際に固定資産税を負担しなければならないのは受益者です。固定資産税の実際の負担については、信託契約書で「受益者が負担するものとする」と定めるケースが一般的です。
5.信託財産に不動産があれば発生する登録免許税
不動産などの登記が必要な財産については、形式上の所有権が受託者に移転するため登記にかかる登録免許税などの負担が発生します。
6.家族信託かかる税金の具体例
家族信託において課税される主な税金は所得税と贈与税になります。ここでは、どのくらいの所得税と贈与税が課税されるのか具体例と共にご紹介します。
6-1.具体例① 他益信託の場合
- 委託者:父(会社員)
- 受託者:父の弟
- 受益者:息子(大学生)
- 信託財産:固定資産税評価額2億円の不動産賃貸事業用のマンション
(便宜上、相続税評価額も同額とする) - マンションの利益:年500万円
父は将来的に息子に財産を引継がせたいが、まだ息子が若く、財産が管理できないため親族に財産の管理を任せる場合などに利用されるスキームです。この場合、それぞれ異なる人が3つの役割を担っているので「他益信託」に該当します。
信託契約設定時に課税される税金
他益信託に該当するため、信託設定時に受益者(息子)へ贈与税が課税されます。
受益者に課税される贈与税の計算
(相続税評価額2億円 - 基礎控除額110万円)× 贈与税率55% - 控除額640万円 = 102,995,000円
信託期間中に課税される税金
信託中は受益者(息子)にマンションの利益(不動産所得)について毎年所得税が課税されます。
受益者に課税される所得税の計算(※)
(マンションの利益500万円 - 基礎控除38万円)× 所得税率20% - 控除額427,500円=496,500円
※息子には他の所得がないところでの計算です。
息子の不動産所得が500万円のため、父の所得税と社会保険料の扶養から外れることになります。そのため、父の所得税の増加、息子の国民健康保険の加入などの支出が発生します。
6-2.具体例② 自益信託の場合
- 委託者:父
- 受託者:息子
- 受益者:父
- 信託財産:固定資産税評価額2億円の不動産賃貸事業用のマンション
(便宜上、相続税評価額も同額とする) - マンションの利益:年500万円
父が高齢で判断能力に不安を抱えており、財産の管理を息子に任せる場合によく利用されるスキームです。この場合、委託者と受益者が父であり「自益信託」に該当します。
信託契約設定時に課税される税金
自益信託の場合は、実質的な信託財産の移転はないため、信託契約の設定時に贈与税の課税はありません。
信託期間中に課税される税金
信託期間中には受益者(父)に所得税が課税されます。所得税の計算は、具体例①と同様の計算式によって行われます。
家族信託の具体例として2つご紹介しました。同じ家族信託でも、課税関係が異なります。
特に、➀をご覧いただいてもお分かりの通り、「他益信託」で課税される贈与税の金額はとても高額です。贈与税の税率は相続税の税率よりも高く設定されているため、場合によっては家族信託を利用したため税金が多くなってしまうこともあります。
なお、家族信託にかかるこれら以外の費用については、是非、次の関連記事をお読みください。
【関連記事】家族信託にかかる費用相場と費用を抑えるポイント
7.家族信託を検討するなら専門家に相談を
家族信託は、専門家に相談を行わなくても手続きをすることは可能です。
しかし、家族信託はまだ新しい制度のため実例が少ないのが現状です。専門家に相談せずに家族信託の手続きを行うと、将来どのようなトラブルが起こりえるかをシミュレーションすることが難しい一方で、弁護士や司法書士などの法律の専門家に相談することで、今後の課題などが発見しやすく対策を練ることができます。
例えば、よくトラブルに発展するケースとして、家族信託によって他者の遺留分を侵害してしまうことなどがあります。その他にも専門家でないと気付かないことが多くあります。
また、弁護士などの専門家以外に税理士にも相談することをおすすめします。弁護士などの専門家は法律の専門家のため、法的なアドバイスに長けていますが、必ずしも税金面を考慮しているとは限りません。「弁護士の言う通りに家族信託を行ったら多額の贈与税の納付が必要になった」ということも起こる可能性があります。
そうならないためにも、家族信託を行う場合は、税金の専門家である税理士にも相談することをおすすめします。