家族信託は、遺言や成年後見制度を補足することができ、老後の認知症対策、相続対策などに対してとても有効な制度です。高齢化に伴う認知症の増加によって、近年では一層注目されています。
ただし、家族信託を成功させるためには、家族信託の危険性も知っておく必要があります。
今回は、家族信託のトラブルについて解説します。
1. 家族信託で起こりうるトラブル・危険性とは
まず、家族信託で起こり得るトラブルについて列挙してみましょう。
1-1.遺留分を侵害する家族信託で発生するトラブル
相続には遺族の生活を守るという性質があるため、被相続人の兄弟姉妹以外の法定相続人には、遺産の最低限の取り分として遺留分が定められています(民法1042条)。
委託者の相続が発生した際に、信託財産を形成する被相続人の遺産が、相続人の遺留分を侵害していると、遺留分を侵害された相続人から遺留分侵害額請求を受ける可能性があります。
次にご紹介する東京地方裁判所の判決が出る以前は、家族信託を使えば遺留分は請求できないと考えられていました。
しかし、この判決によって、この考え方は真っ向から否定されることになりました。簡単にご紹介します。
東京地裁 平成30年9月12日判決
余命短い父が委託者となり、家の後継ぎとなる次男を受託者として、父が所有するすべての不動産を目的財産とした家族信託契約を締結しました。これに対し長男が遺留分を侵害しているとして、信託契約の無効を訴えた裁判です。
判決内容は、一部の不動産に関する信託行為については、長男からの遺留分侵害額請求を逃れる目的で信託財産としたものであり、公序良俗に反して無効であるとされました。
この判決によって、家族信託を組成する際には、遺留分について、十分な配慮が必要になりました。
1-2.信託契約書を公正証書化しないために起きるトラブル
ご自分で作成した文書のことを私文書といいます。
これに対して、公正証書とは、公証人が契約の成立や事実などを確認して、その内容を証明した書類のことをいいます。信託法上は、私文書のままでも信託契約は有効です。
「それならお金のかからない私文書で」と思われるかもしれませんが、私文書は簡単に作成できるという点がトラブルの原因となってしまいます。例えば、私文書では、認知症患者を委託者として契約書を作成することもできてしまうからです。
家族で話し合い、契約した信託契約書であっても、私文書のままでは良からぬ疑いをかけられる危険性があります。しかし、私文書では、それを否定する手段がないのです。
1-3.ひな形を流用した家族信託契約書で起きるトラブル
現代はインターネットを利用すれば、家族信託契約書のひな形はいくらでも見つけることができるため、ご自分で契約書を作成することも可能です。
しかし、契約書のひな形をそのまま流用してしまうと、運用に支障を来す可能性があります。
例えば、受益者連続型の信託契約にしたいにもかかわらず、契約書には、「委託者の死亡によって信託契約が終了する」と記載しているケースです。
インターネットは、簡単に情報を得ることができる便利な手段ですが、そこにあるすべての情報が正確なものであるとは限りません。また、インターネットから入手したひな形が、ご家族の事情にあったひな形である保証はどこにもありません。ひな形をそのまま流用すると、法的な妥当性や有効性が十分ではない信託契約書が出来上がってしまい、将来、様々なトラブルの原因となってしまう可能性があります。
1-4.信託口口座を開設していないために起きるトラブル
信託されたお金を管理する場合、受託者の財産と混ざらないようにするために、通常は金融機関で信託口口座を開設して、信託財産は、その口座で管理します。
しかし信託口口座を開設できない金融機関があること、信託契約書が公正証書ではないなどで審査に通らないことがあることなどから、受託者の個人口座で信託財産を管理しているケースがあります。
信託口口座以外で信託を運用していると、受託者の破産や死亡によって信託が機能しなくなるリスクがあります。
1-5.抵当権が設定された不動産を信託財産にすると起きるトラブル
不動産を信託財産にする場合には、信託登記をしてその所有権を受託者に移すことになります。
しかし、その不動産のローンをまだ完済しておらず、抵当権が付いている場合には、債権者である金融機関から許可を得なければ信託登記をすることができません。
金融機関はローンの名義人と不動産の名義人が異なることを嫌いますので、認められない可能性があり、それを無視して信託登記を強行した場合には、融資契約に違反するためローンの一括返済を迫られる可能性があります。
1-6.初期費用が高額なために起きるトラブル
専門家への報酬は信託財産の金額や種類に応じて決まります。一般的な家族信託の総費用は、50~100万円程度でしょう。
委託者が負担するにしても将来の遺産を減らす行為であるため、独断で進めてしまうと反発する家族が出てくるかもしれません。
2. 家族信託の制度上起こり得るトラブル・危険性
前項では、家族信託の計画や運用が安易だったために起こるトラブルが並びました。
次は、家族信託制度の認識不足から起こり得るトラブルについて解説します。
2-1.受託者へ権限が集中することで生まれる誤解
家族信託を行うと、委託者の財産を受託者が管理することになります。そのため、受託者以外の家族や親族が不公平感を抱き、トラブルが発生する可能性があります。
例えば、賃貸アパートを信託した場合、受託者は契約の範囲内であれば自身の判断で収支を管理し、受託者が必要と判断したのであれば、賃貸アパートを売却して新しいアパートを建てることもできます。それが適正な対応であったとしても、なぜ独断で決めて周りに相談しなかったのかと家族から責められる可能性があります。
受託者が財産の管理を行っていたとしても、そこから得られる利益は受益者のものなのですが、家族信託制度の理解が足りないことから勘違いで起こってしまうトラブルです。
2-2.損益通算ができない
所得税の計算では、黒字の所得から赤字の所得を差し引くことができる損益通算という仕組みがあります。しかし、信託財産から出る所得については、この損益通算に含めることができません。
例えば、賃貸アパートを経営している場合、アパートAで100万円の黒字、アパートBで50万円の赤字が出た場合には、損益通算されて50万円の黒字に対して所得税がかかります。
しかし、アパートBを信託財産にしていた場合には、100万円の黒字に対して所得税がかかることになります。
2-3.贈与税が発生するケースがある
ご自分の認知症対策として設定する家族信託では、委託者と受益者は同一にするのが一般的で、このケースでは、贈与税は発生しません。
しかし、受益者を委託者以外にする場合には、家族信託によって委託者から受益者へ受益権が贈与されたということになるため、受益者に対して贈与税がかかることになります。
贈与税は税率が高いため、受益権の金額によっては多額の贈与税が発生することになります。
2-4.「30年ルール」で信託が強制終了する
家族信託のメリットの1つに、何世代先までも受益者を指定できる受益者連続型信託契約があります。
しかし、先祖が行った家族信託契約に子孫が限りなく縛られ続けることを避けるために、30年ルールが設けられています。
30年ルールとは、信託設定から30年経過後の受益権の新たな取得者が死亡すると、そこで信託は終了するというものです。
ご自分の直系血族に、できるだけ長くご自分の財産を継がせたい思いがあったとしても、30年ルールを超えることはできません。
2-5.税務申告の手間がかかる
信託財産からの収入が年間3万円以上ある場合には、翌年1月31日までに税務署へ次の書類を提出しなければなりません。
- 信託計算書
- 信託計算書合計表
- 信託財産の明細書(不動産所得がある場合)
毎年のことなので、書類を提出する責任を負う受託者は、相当の負担を覚悟しなければなりません。
2-6.家族信託には身上監護権が設定できない
成年後見制度には身上監護権があり、被後見人の介護施設の入退去手続などの法律行為を行うことができますが、家族信託にはありません。
受託者が家族の場合には身上監護権がなくても、ほとんどのケースで委託者に代わって手続きを行うことができます。しかし、家族以外が受託者になる場合には、トラブルになる可能性があります。
3.家族信託の危険を避ける対策
家族信託で起こる可能性があるトラブルは数多くありました。
最後に、そのトラブルを避けるポイントをご紹介します。
3-1.後見制度と比較検討
認知症対策には家族信託以外にも、成年後見制度があります。
それぞれにメリットとデメリットがあり、状況によって何が適しているのかは異なります。
併用することもできるため、「家族信託しかない!」と思い込むのではなく、柔軟な対応を心がけてみてください。
3-2.家族での話し合い
人間は、一度不信感を持ってしまうとその解消は難しく、悪化の一途をたどるケースもあります。
理想的な家族信託契約が締結でき、財産管理や運用だけが正常に動いていたとしても、家族の誰かが不信感を持っていると、それは後々大きなトラブルに発展してしまう可能性があります。
1-1.でご紹介した裁判も、その家族信託の目的と理由などについて事前にしっかりと話し合いを行い、当事者全員が納得したうえで行われていたとしたら、長男は訴えを起こさなかったかもしれません。
家族信託において、家族間の理解は最も重要な点です。
3-3.専門家への相談
家族信託は、法務、税務、相続など様々な知識が必要になる非常に高度な契約です。
一般の方が、家族信託の計画から運用までをご自分で行ってしまうと、どこかに致命的なミスがある可能性が高くなります。ご紹介したトラブルにも、知識不足によって起こるものが数多くありました。
せっかく家族間でしっかり話し合い、全員同じ思いになったとしても、計画や運用で誤ってしまったら本末転倒になります。必ず専門家のサポートを受けるようにしていただきたいと思います。
3-4.家族信託に積極的な金融機関は増加中
近年の家族信託の利用者増加に伴って、金融機関の多くが、家族信託へ積極的に対応しています。
信託口口座が作れなかった、抵当権が付いている不動産の信託を認めてもらえなかったという場合には、他の金融機関で掛け合ってみましょう。
まとめ
家族信託は、遺言や成年後見制度の弱点を幅広くカバーすることができる柔軟性の高い制度です。
しかしその分、幅広い専門知識が必要であり、安易に行ってしまうと様々なトラブルの原因となってしまいます。
ご紹介したトラブルの数々は、家族信託に精通した専門家に相談することで解決できることになりますので、家族信託をご検討の際には、まずは専門家へのご相談をおすすめいたします。