M&Aによる事業承継も珍しくはない時代ですが、中小企業では親族の中から後継者を選ぶことが一般的です。親族内での事業承継は、経営者の子どもが2人以上いるとトラブルが発生することが多く、会社の存続にも影響を与えるおそれがあります。
事業承継での兄弟トラブルは家族だけではなく、会社の従業員や取引先にも影響を与える問題です。ここでは「事業承継での兄弟トラブル」について、原因とトラブル防止策について解説します。
1.事業承継での親族内承継が兄弟の争いになる理由
事業承継での親族内承継が兄弟の争いになる大きな理由は次の2つです。
1-1.兄弟のうち誰が会社を経営するかでもめる
経営者の子どもが2人以上社内にいると「誰を後継者にしたらいいのか」という判断は難しい問題です。兄弟の仲が良好であり、お互いが協力している場合には、経営者としての適性や能力に差がない場合は長子(長男)を後継者にすることが一般的です。
一方で、兄弟仲が悪い場合はどちらが会社の後継者になるのかでトラブルになることがあります。兄弟という関係性は非常に近いものであるため、感情的になってしまいがちです。兄弟げんかで済めばいいのですが、会社内にトラブルを持ち込んでしまうと業務にも支障をきたしてしまうおそれがあります。
1-2.自社株式が相続財産となり次期経営者に相続財産が偏る可能性
自社株式は後継者である次期社長に集中させることが事業承継のセオリーです。後継者以外の子どもが株式を相続してしまうと後継者が経営者になった時に権利行使が難しくなってします。
しかし、自社株式の後継者への移転を完了する前に現経営者が亡くなってしまうと、現経営者が保有する自社株式は相続財産となり、誰が自社株式を相続するのかを決めなければなりません。事業承継では遺言書があることが多く、一般的には遺言書に自社株式を受け取る相続人が指定されています。もし、相続財産のほとんどが自社株式であれば、次期経営者に相続財産が偏ってしまうことで、他の相続人が不公平を感じてしまい相続トラブルに発展してしまうおそれがあります。相続トラブルに発展すると他の相続人から「遺留分侵害額請求」が行われる場合もあり、事業承継自体が難しくなってしまうことも考えられます。
また、トラブル防止のために後継者に自社株式を生前贈与しているケースでは、生前贈与が「特別受益」とみなされ特別受益の持ち戻しが行われるリスクがあります。
2.事業承継で兄弟トラブルを回避する対策
事業承継で兄弟トラブルにならないようにするためには、現経営者があらかじめトラブルが生じないように対策を行うことが重要です。「兄弟だから仲良く会社を盛り上げてくれるだろう」という考えでは、争いに発展すると、会社が立ち行かなくなってしまいます。
事業承継で兄弟トラブルを回避する対策には次のようなものが考えられます。
2-1.現経営者が元気なうちに親族内で納得いくまで話し合う
事業承継で大切なことは「全員が足並みを揃えること」です。現経営者が元気なうちに家族会議を開き、現経営者が後継者や事業承継の計画についての考えを話し、兄弟それぞれの会社内での役割や後継者に株式を集中させることを納得してもらう必要があります。
事業承継は準備に時間がかかる手続きです。なるべく早期に現経営者が元気なうちから話し合いを行い、後継者は次の経営者になるための準備を進め、家族が一丸となり事業承継に取り組んでいくことが重要です。
2-2.話合いに基づき遺産を分配するための遺言書を作成する
家族会議では、後継者についての理解を得るとともに相続に関する話し合いも行いましょう。誰にどの財産を相続させるのかを話し合い、その話し合いに基づいて遺産を分配するための遺言書を作成しましょう。
遺言書は、形式不備で無効になるリスクや紛失や改ざんのリスクを回避することができる公正証書遺言で作成することをお勧めします。
2-3.自社株式を承継しない相続人に他の財産(生命保険金等)を用意しておく
現経営者が家族会議で後継者の話や自社株式の相続について話したとしても、自社株式を相続しない相続人にとって後継者だけが自社株式を含む多くの財産を相続することに納得できないこともあります。
不公平な相続になってしまうと、少ない財産しか相続できない相続人から遺留分侵害額請求をされてしまい事業承継が上手く進まない事態になってしまうことがあります。これを避けるためには、後継者以外の相続人に対して自社株式ではなく生命保険金等の他の財産を相続させるようにし、不公平感がない相続にする必要があります。
ケースによっては、相続人全員に自社株式の価額を遺留分算定の価額から除外することができる「除外行為(遺留分に関する民法特例)」への合意を求め、相続人全員の合意のもと合意書を作成し、経済産業大臣の確認、家庭裁判所の許可を取っておくと事業承継による遺留分トラブルを回避することができます。
2-4.結論が出ない場合は第三者に同席してもらう
家族会議を重ねても結論が出ない場合は、会社に詳しい第三者に同席してもらい、第三者からの客観的な発言をしてもらうことで家族の同意を得られる場合もあります。
第三者を顧問税理士にするのか、それとも弁護士にするのか、難しい問題ではありますが、事業承継は専門性が必要になる分野ですので、事業承継に強い専門家で士業ネットワークを持つ専門家に協力してもらうといいでしょう。
3.兄弟両方に事業を承継させる方法
事業承継での兄弟トラブルを回避する方法として「兄弟両方に事業を承継させる方法」があります。
3-1.会社分割なら兄弟両方に事業を承継できる
会社分割は会社が行っている事業の一部または全部を他の会社に承継するM&Aの1つの方法です。会社を2つに分割し、1つの会社を長男、もう1つの会社を次男が引き継ぐことで両方に事業を承継させることができ、事業承継での兄弟トラブルを回避することが可能です。
会社分割は、それぞれが独立した法人の経営者となるため、兄弟間での事業の管理権を明確化することができ、遺産分割対策として非常に有効な方法です。
また、分割方法によっては会社の評価額を分散することができ、相続税の負担を軽減させることが可能です。要件を満たすことで「事業承継税制」の適用を受けることもできます。
3-2.兄弟それぞれの会社に事業承継税制を適用できるか
事業承継税制とは、後継者が会社の事業を継続することを条件に事業承継で生じる相続税や贈与税を全額免除してもらえる制度です。事業承継税制はメリットが多い税制である反面、全額免除になるための道のりは厳しく、次の4つの条件を満たす必要があります。
会社分割後、兄弟それぞれの会社が事業承継税制の要件を満たすことができれば、会社分割した場合であっても、事業承継税制の適用を受けることが可能です。
- 経営者の要件
- 会社の要件
- 5年間守らなければならない要件
- 後継者が次の代に事業承継しなければならない要件
ここで気を付けなければならないことが「順番」です。
もし、事業承継税制の認定を受けた後に会社分割(分割型分割)を行うと、事業承継税制の取消事由に該当してしまい、猶予税額の全額を納付しなければならなくなります。
会社分割を行う場合の事業承継税制については専門的な知識が必要になるため、ご自分で判断せずに事業承継税制に詳しい税理士に相談しましょう。
事業承継についてもご相談ください
事業承継が成功するかどうかは会社が存続していけるかどうかを左右する重要な問題です。兄弟の後継者争いが会社の経営に悪影響を与えるケースもあるため、現経営者がしっかりと計画を組み、早めから取り組んでいかなければなりません。
事業承継で兄弟トラブルが発生しそうな場合は、家族全員で足並みを揃えていけるよう、早めに事業承継に詳しい税理士などの専門家に相談しましょう。
当事務所には、事業承継もご相談いただけます。事業承継税制についても詳しいことから、数多くのご相談を承っております。お気軽にお問い合わせください。