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近年、認知症の患者数が増加しており、2025年には約5人に1人が認知症になると予測されています。
もし、オーナー経営者が認知症になると、相続問題だけでなく、会社経営そのものも厳しくなります。成年後見制度では会社を守ることができません。そこで、注目されているのが家族信託です。
オーナー経営者が認知症になるリスクと、家族信託を活用する場合のメリット・注意点をまとめました。
1.経営者の認知症リスク
会社の存続にとって「オーナー経営者が認知症を発症してしまうこと」は重大なリスクです。中小企業は、経営者に蓄積されたノウハウや人脈などの目に見えないもので支えられている一面があります。経営者の高齢化が進む中、会社経営の中心である経営者が認知症を発症してしまうと会社経営そのものが難しくなってしまいます。
1-1.会社存続のリスク
経営者が認知症を発症すると次のようなリスクが発生し、会社存続自体が難しくなってしまいます。
1-1-1.契約ができない
認知症を発症すると的確な経営判断が難しくなります。代表取締役である経営者が認知症による記憶障害や理解・判断力に障害がある場合、取引先との新規契約が会社に与える影響などを理解できなくなり、契約行為が成立しないおそれがあります。
1-1-2.融資を受けることができない
金融機関が中小企業へ融資を行う際には、返済可能かどうかの他にも「経営者との信頼関係が築けるか」が重要な要素です。認知症を発症してしまうと判断能力が低下してしまうため、今まで築き上げられた信頼関係があったとしても新たな融資を受けることができなくなります。その結果、会社の資金繰りが悪化してしまい、会社の存続が難しくなってしまいます。
1-1-3.事業承継対策ができない
認知症になると、意思能力を持っていないとされ「法律行為」が無効になってしまいます。法律行為ができなくなると経営者が保有している株式の贈与や株主総会の決議などが行えず、後継者へ株式を移行させる事業承継対策ができなくなってしまいます。
事業継承対策ができないまま、経営者が亡くなり相続が発生すると相続人の中で「誰が株式を相続するのか」という問題が発生します。既に後継者が決定しており、他の相続人も納得しているのであれば問題ありませんが、後継者だけではなく他の相続人も株式を相続してしまうと「株式分散のリスク」に繋がり、今後の会社経営に悪影響をおよぼすことになります。
1-2.株主としてのリスク
経営者が会社の株式の過半数を保有したまま認知症を発症すると、株主総会で議決権を行使することができなくなります。認知症のリスクがあるまま株主総会の決議に参加すると意思能力の問題が発生し、株主総会の決議自体の効力の有無が争われてしまうこともあります。
100%もしくは大半の議決権を所有するオーナー経営者が認知症で議決権を行使できないとなると、株主総会で会社経営上の重大な決定ができず、経営が行き詰まるおそれがあります。
2.法定後見制度には限界がある
認知症が発症してしまった時の対処法として、民法には「法定後見制度」が用意されています。法定後見制度とは、認知症を発症した人の代わりに法律行為を行える代理人を家庭裁判所に申し立て、選任してもらう制度です
(本人に意思能力がある場合は、本人が自ら、自分の後見人を指定しておく「任意後見制度」があります。ただし、後見人ができる行為は限られます。)
法定後見制度は、認知症を発症した本人の代わりに後見人が法律行為を行うことができます。しかし、会社の事業承継の観点からみると法定後見制度には限界があり、様々な課題が残ります。
2-1.株式の贈与ができない
後見人の業務は、認知症を発症した被後見人の利益を守り、身上を監護することです。そのため、会社の後継者が決まっていたとしても、後見人は被後見人の株式を贈与することはできません。もし、後見人が被後見人に不利益になる贈与を行った場合は、権利の濫用となり贈与が無効になることもあります。
2-2.親族や会社を守ることができない
後見人は家庭裁判所より選任されます。後見人の責務は重く、親族が後見人になったとしても、その責務は軽くなるものではありません。実際に、家庭裁判所から選任される後見人の多くは親族以外から選ばれています。
後見人が親族以外から選任された場合、「第三者が会社の議決権を行使できる状態」になってしまいます。議決権の行使は、家庭裁判所の監督下に置かれることになりますが、親族がコントロールすることができないため、経営上のリスクになるでしょう。
3.事業承継での家族信託の活用方法とメリット
認知症を発症した場合に、法定後見制度でクリアできない事業承継に関する課題に対応することができる制度が「家族信託」です。
家族信託とは、委託者である親が所有する財産を受託者である子に託し、子は受益者である親のために財産を運用・管理を行う制度です。家族信託を行うことで認知症による「資産凍結」を防ぐことができるため、経営者の認知症対策として大変有効です。
具体的には、委託者である先代経営者は、自社株式を信託財産とし、後継者を受託者、第一受益者を自身として、信託契約を行います。自身が亡くなった後は、後継者を第二受益者として指定しておけば、後継者が株式を承継することになります。
3-1.家族信託のメリット
3-1-1.後継者が議決権を行使できる
法定後見制度では、親族以外の人が後見人に選任された場合の会社の議決権に関するリスクがありましたが、家族信託では後継者が議決権を行使することができます。
家族信託により、自社株式を後継者に信託することで後継者が議決権を行使することができ、認知症による経営のリスクを防ぐことが可能です。また、受託者に対して議決権行使を指示することができる「指図権者」に経営者本人を指定することで、元気なうちは経営者が議決権を行使することができ、認知症を発症した場合には後継者が議決権を行使できる状態にすることが可能です。
3-1-2.経営者が配当を得られる
家族信託では、議決権の行使は受託者である後継者が行いますが、自社株式から発生する配当については受益者である経営者が得ることになります。配当を今後の生活資金に充てることができ、生活を安定させることができます。
3-1-3.先々の後継者を指定できる
家族信託において「受益者は何世代も指定することが可能」です。これにより先々の後継者を指定することができます。
例えば、父が委託者および受益者、長男を受託者とした家族信託で、父が亡くなった際の第二受益者として長男を指定します。そして、長男が亡くなった際の第三受益者を長男の子に指定することで、結果的に先々の後継者を指定することができます。この仕組みを「後継ぎ遺贈型受益者連続信託」と言います。
3-1-4.贈与税が発生しない
家族信託を行うと形式的には信託財産が委託者から受託者へと移りますが、信託財産から発生した利益は受益者が受け取るため、委託者から受益者へと財産が移転したとみなされます。委託者と受益者が同一であった場合は「自益信託」となり、贈与税が発生することはありません。
4.家族信託を行う際の注意点
柔軟でメリットの多い家族信託ですが、認知症を発症してからでは家族信託を締結することができません。認知症発症後は法定後見制度を利用することになってしまいますので、できるだけ早く、判断力があるうちに家族信託を行う必要があります。家族信託には、その他にもいくつかの注意点があります。
4-1.事業承継税制と併用できない
事業承継する際の税金の負担を軽減する制度として「事業承継税制」がありますが、事業承継税制と家族信託を併用することはできません。つまり、家族信託を利用すると事業承継税制が受けられず、相続税の負担が大きくなってしまいます。
4-2.家族信託には節税効果がない
家族信託の仕組み自体には節税効果はありません。自益信託にすることにより贈与税が発生しないというメリットはありますが、相続が発生した際に信託財産が相続財産になるため相続税の負担が増えることになります。また、事業承継税制と併用できないということもあるため、家族信託は税務上で有利に働くことはありません。
4-3.相続トラブルや税務上のリスク
家族信託の仕組みをきちんと理解していなければ、相続トラブルや税務上のリスクに繋がってしまいます。事業承継税制との兼ね合いや遺留分についての配慮など、税務や法律が絡んでくる制度ですので、税理士や弁護士などの専門家と相談しながら進めるようにしましょう。
まとめ
オーナー経営者の認知症対策として家族信託の活用が注目されています。後継者を受託者とすることで、認知症が発症した後は、後継者が議決権を行使して会社経営をすることができます。
家族信託は、法定後見制度と比較すると使い勝手が良いですが、新しい分野であり、情報が少ないのが現状です。家族信託を活用する際には、いくつかの注意点や税務リスクも存在します。
当事務所では、事業承継における家族信託にも注力して取り組んでおりますので、お気軽にご相談ください。
また、当事務所の相続専門サイトでも、同様の記事を掲載しておりますので、あわせてご覧ください。
【相続専門サイト】事業承継対策として家族信託を活用する方法とは?