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人生100年時代となった現代において「認知症(かつては痴呆症と呼ばれていました)」は、もはや他人事ではありません。今後万が一、認知症になってしまった場合には、介護の問題はもちろんですが、意思能力が低下することによって法律行為や契約行為ができなくなる点にも目を向けておかなければなりません。なぜなら、相続対策ができなくなってしまうからです。
今回は、認知症になる前に行っておきたい相続対策について解説させていただきます。
認知症になる前にできる相続対策
なぜ認知症になると相続対策ができなくなるのでしょうか。そして、認知症前にできる相続税対策とは具体的にどのようなものなのでしょうか。まずは概要を解説します。
1-1.認知症で意思能力を失うと相続対策ができなくなる
認知症になってしまったとしても本人はまだ生存していることから、「相続対策はできる」と思われるかもしれません。しかし、意思能力がない人が行った法律行為については、その内容が本人の意思によるものかどうかが分からないため、原則として無効になってしまいます。
例えば、金融機関に認知症であることが知れた場合には、預金が悪用されることを防ぐために口座凍結されてしまいます。入出金や解約など一切の手続きができなくなるため、相続対策どころではなくなってしまいます。
1-2.認知症になる前にすべき相続対策
認知症になる前だからこそすべき相続対策は次の4つです。それぞれについて詳しく解説していきます。
- 遺言書の作成
- 任意後見の利用
- 家族信託の利用
- 相続税対策としての生前贈与
など
2.遺言書の作成
遺言書とは、自身の遺産をどう相続してほしいかを記した文書です。遺言書の内容は本人の意思が間違いなく反映されていなければならず、認知症になる前に作成する必要があります。
2-1.公正証書遺言とは
遺言書には、「自筆証書遺言」、「公正証書遺言」、「秘密証書遺言」の3種類がありますが(秘密証書は費用がかかるうえ、内容が法的に有効でないことがあるためほとんど使われていないのが実情です)、作成する際には信用力の高い公正証書遺言をおすすめします。
公正証書遺言とは、公証人立ち合いのもとに作成される遺言書であり、以下のメリットから確実性の高い遺言書を作成することができるからです。
2-2.公正証書遺言のメリット
- 形式の不備で無効になることはほぼない
- 公証人のもとで作成するため遺言趣旨が明確であり、解釈をめぐるトラブルが起きにくい
- 公証役場に保管されるため、滅失・棄損・破棄・隠匿・偽造・変造などの恐れがない
- 遺言者死後に家庭裁判所での検認手続きが不要
- 遺言者の本人確認が行われているため、偽物の心配がない
- 遺言能力の確認が行われたうえで作成される
2-3.公正証書遺言のデメリット
一方で、公正証書遺言にも次のようなデメリットがあります。
- 公正証書作成の費用がかかる
- 証人2人を用意しなければならない
- 作成に時間がかかる
- 遺言書の内容を公証人と証人に知らせなければならない
3. 任意後見制度の利用
任意後見制度とは、将来の意思能力の消滅に備えて、ご自分の財産管理などを代理してくれる人を任意後見契約によってあらかじめ決めておく制度です。
契約を結ぶ法律行為であるため、認知症になったあとでは利用することができません。認知症前に契約しておき、実際に意思能力が無くなった場合には、家庭裁判所に任意後見監督人を選任してもらってから初めて効力が生じる流れになります。
3-1.任意後見制度のメリット
任意後見制度には、次のメリットが挙げられます。
- 本人が任意後見人を選べる
- 本人の希望に沿った制度設計をしやすい
- 任意後見人の働きを家庭裁判所に監視してもらえる
- 登記によって任意後見人の地位が公的に証明される
3-2.任意後見制度のデメリット
しかし、任意後見制度にもデメリットはあります。
- 死後の財産管理、事務は委任できない
- 被後見人が行った契約に対する取消権がない
- 任意後見契約締結から契約開始までに時間があるため、利用開始の判断が難しい
4.家族信託の利用
家族信託とは、認知症などによってご自分の財産を管理することができなくなった場合に備えて、財産の管理運用処分することができる権利を家族に与えておく信託契約の制度です。
任意後見制度と同様に契約であることから、意思能力のある認知症前に行う必要があります。
詳しくはこちらをご覧ください。
【関連記事】「家族信託」
4-1.家族信託のメリット
家族信託には次のようなメリットがあるため、認知症対策として広く利用され始めています。
- 信託内容は当事者で自由に設計できるため、柔軟な財産管理が可能
- 遺言書ではできない二次相続の指定も可能
- 受益者を複数に設定することで、不動産相続の共有問題を回避できる
- 信託財産は差し押さえの対象外であり、倒産隔離機能がある
- 認知症発症前から効力を発生させられる
4-2.家族信託のデメリット
しかし、家族信託には次のようなデメリットも存在します。
- 介護施設や病院などに関する手続きを行える身上監護権がない(実際には、家族であれば行えるケースが多い)
- 相続税の節税効果は期待できない
- 信託財産である不動産から出た損失は損益通算ができない
- 長期に亘って当事者を拘束する
- 受託者を選ぶ際に揉める可能性がある
5.相続税対策としての生前贈与
生前贈与は、生前にあらかじめ財産を譲り渡しておくことです。その後、贈与した人が認知症になったとしても、贈与された財産は、新たな所有者が管理するため、贈与者は無関係となります。
生前贈与は、贈与する人が「あなたにこの財産を譲りますよ」、贈与を受ける人が「わかりました」と双方の合意によって行われる契約になります。したがって、意思能力が無くなったあとでは行うことができません。
5-1.生前贈与のメリット
生前贈与を利用すると、次のようなメリットがもたらされます。
- 相続財産を減らすことができ、相続税対策になる
- 暦年贈与であれば年間110万円まで贈与税が非課税
- 誰に、どの財産を、いくら贈与するか自由に決められる
- 相続トラブルのリスクを減らせる
- スピーディーに財産を承継できる
5-2.生前贈与のデメリット
- 贈与税が発生する場合がある
- 相続税の計算において生前贈与加算の対象となる
- 税務署に生前贈与を否認される可能性がある
- 毎年定額の贈与を続けていると、税務署に定期贈与とみなされるリスクがある
6.相続対策についてよくある質問
最後に、相続対策を行うにあったって多くの人が疑問に思われる点について解説させていただきます。
生前贈与は税率が高いのでは?
確かに、贈与税率は相続税率に比べて高く設定されており、同じ財産であれば贈与税より相続税の方が安く済みます。しかし、生前贈与では財産を1回で贈与するわけではなく、何回かに分けて贈与するのが一般的です。
また、暦年贈与に設けられている110万円の基礎控除や、贈与税が非課税になる特例などの優遇措置を活用することで、贈与税がかかったとしても相続税より有利になる場合があります。その証拠に、生前贈与は相続税対策のスタンダードとして積極的に行われています。
認知症の相続人がいる場合は特別な対応が必要?
被相続人ではなく、相続人が認知症である場合には、そのままでは遺産分割協議を進めることができません。遺産分割協議は全相続人の参加がなければ無効となってしまうからです。
この場合には、認知症などによって意思能力が不十分である人を支援するための制度である「成年後見制度」を利用して、家庭裁判所に成年後見人という代理人を設定してもらうようになります。
なお、任意後見制度は認知症発症前でなければ利用できませんでしたが、成年後見制度は認知症発症後に利用する制度です。
7.まとめ
認知症に備えて事前にできる相続対策には、「遺言書の作成」、「任意後見の利用」、「家族信託の利用」、「相続税対策としての生前贈与」があります。
それぞれにメリットとデメリットがあり無暗にすべてを実行することが良いとは、一概に言えるものではありません。
ご自分のあらゆる状況に照らし合わせて計画する必要がありますので、最大の効果を得るためにも、検討の際には専門家へ相談されることをおすすめします。