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事業を誰かに引き継いでもらいたい場合や、事業から撤退したい場合などに行われる事業譲渡はM&Aの代表的な手法のひとつです。
今回は事業譲渡とは何なのかの基本から、手続き、税金のことまで徹底解説させていただきます。
難しいイメージがあるかと思いますが、ひとつずつ紐解いていけば決して難しくありませんのでご安心ください。
1.事業譲渡とは
まず事業譲渡とは何か、基本をご紹介いたします。
1-1.事業譲渡とは会社の事業を第三者に売却すること
事業譲渡とは、会社の事業の一部または全部を譲渡する手法をいいます。
会社は事業を失うのみで経営権は残っていますので、会社自体は残ります。譲渡対価も会社が受け取ることになります。
1-2.事業譲渡と株式譲渡との違い
株式譲渡とは、会社の株式を譲渡してすべての資産や事業を売買する手法です。会社ごと譲渡される株式譲渡と、事業のみ切り離して譲渡する事業譲渡は全く異なる手法になります。
1-3.事業譲渡と会社分割との違い
会社分割とは、会社で運営している特定の事業の一部または全部を包括的に別の会社へ譲渡する手法で、新規設立した会社へ承継する新設分割と、既存の会社へ事業を承継する吸収分割の2つがあります。
事業譲渡と似ていますが、事業の売買をせずに自社のみでも行える点から事業譲渡とは区別されています。
会社分割については、こちらで詳しくご紹介しておりますのでご覧いただけましたら幸いです。
【関連記事】会社分割の手続きと税務についてわかりやすく解説
1-4.事業譲渡と事業承継の違い
事業承継は親族などの後継者に事業を継がせることをいいます。事業譲渡は事業を売買しますので両者は大きく異なります。
1-5.事業譲渡の譲渡金額の計算方法
事業譲渡する場合の売買金額は、譲渡する事業の「純資産時価」に、その事業の収益力を表す「営業権(のれん)」を加えた金額とするのが一般的です。
のれんは、その事業がもたらす正常利益の2~3年分とすることが多くなっています。
ただし、飲食業など市場が不安定な事業の場合には1、2年となる場合がありますし、病院など独自の技術を持っている安定傾向のある事業の場合には5年以上という場合もあります。
あくまでもケースバイケースでの計算になりますので、税理士などの専門家へご相談が必要になるかと思います。
2. 事業譲渡の手続き
それでは次に、事業譲渡を実際に進めていく場合の流れと必要な手続きを下記チャートに従ってご紹介いたします。
なお、小見出しの番号は、チャート内の番号に対応しています。
2-1.売り手側
売り手側は事業の譲渡金額を決める、譲渡先を探すなどやるべきことがたくさんあります。
➀ 事業譲渡の準備(決算三期分の準備等)
譲渡金額を決めるためには、その事業の過去の実績を分析して将来の利益を計算しなければなりません。
最低でも3期分の決算申告書を準備してください。
② 専門家へ相談
事業譲渡は専門知識のない方のみで行うことは難しいうえに、後々大きなトラブルに発展してしまう可能性もあり危険ですので、必ず専門家にご相談いただきたいと思います。
相談先には次のような専門家があります。
- 税理士、公認会計士
- 弁護士
- 金融機関
- M&A専門コンサルティング会社
など
事業譲渡は専門性の高い分野になりますので、普段お願いしている顧問税理士や顧問弁護士などにそのまま依頼するというよりも、M&Aに長けた専門家を探されることをおすすめいたします。
③ 交渉相手を募り交渉開始
依頼を受けた専門家は買い手となる企業を探します。要望は遠慮なくすべて伝えて、ベストな先を見つけてください。
適した交渉相手が見つかると、専門家が打診を行います。
④ 秘密保持契約
交渉相手から交渉に進みたい旨の連絡があったら、次に具体的な条件の交渉に入ります。
会社の機密事項が開示されますので、交渉に入る前に秘密保持契約を結んでおいた方が安心です。
⑤ トップ面談
秘密保持契約を結んだら次は双方の経営者が面談を行い、それぞれの事業内容や経営理念などについて話し合います。
専門家が立ち会い、主軸となって話を進めていきますのでご心配はいりません。
⑥ 基本合意契約
譲渡金額などの基本的な条件がある程度折り合いましたら、基本合意契約書を作成します。
⑦ デュー・デリジェンス
デュー・デリジェンスとは、買い手側が売り手側の会社を調査することです。
お互いに納得して取引を行うため、後々のトラブルを避けるためにも、売り手側は買い手側の書類提出などの指示に誠実に従います。
買い手側がどのような調査を行うかは、次項「2-2.買い手側」で詳しくご紹介いたします。
⑧ 取締役会の決議
買い手側と売り手側は取締役会を開催して、会社が事業譲渡を行うことについて取締役の過半数の合意を得ます。
⑨ 譲渡契約締結
双方の取締役会での承認が無事におりて事業譲渡が決定しましたら、「事業譲渡契約」を締結します。
⑩ 臨時報告書の提出
有価証券報告書を提出している会社で次のいずれかに該当する場合には、内閣総理大臣に対して臨時報告書を提出します。
- 事業譲渡によって、純資産額が最近事業年度の末日時点と比較して30%以上減少または増加する場合
- 事業譲渡によって、売上高が最近事業年度の実績と比較して10%以上減少または増加する場合
⑪ 株主への通知・公告と株主総会特別決議による承認
株主に対しては、事業譲渡を行う日の20日前までに通知・公告、以下の場合には、事業譲渡の効力発生前日までに、議決権の過半数を有する株主の出席による株主総会で議決権の2/3以上の承認を受けなければなりません。
- 事業の全部の譲渡
- 事業の重要な一部の譲渡(会社の総資産額の1/5を超える事業)(※)
- 事業の全部の賃貸、経営の委任など
- 親会社が譲渡する子会社の株式が親会社の総資産額1/5を超え、かつ、その該譲渡によって、子会社の議決権の過半数を有しなくなる場合
※ ただし、会社の定款で総資産の1/5を下回る割合を定めたときは、その割合以上の譲渡
事業譲渡に反対する株主は株式買取請求権を行使できるようになりますので、買取の請求があった場合には会社は速やかにそれに応じます。
⑬ 事業の移転と名義変更手続き
事業譲渡契約に基づいて、事業譲渡にかかる財産、債務、権利、契約などを買い手側へ移転します。
名義変更手続きは買い手側が行いますので、必要な情報はすべて提供します。人事が絡む場合には、さらに迅速な手続きを行わなければなりませんので、スムーズに対処できるように事前準備が重要です。
2-2.買い手側
続いて買い手側から見た流れです。売り手側と被る点につきましては記載を省略させていただきます。
② 専門家へ相談
事業譲渡を行いたい旨を専門家へ相談します。
専門家は会社の状態を精査し、事業譲渡を行うことが本当に良いことかどうか検討します。
③ 交渉相手を募り交渉開始
希望に沿う売り手が見つかったら交渉に入ります。
特に事業譲渡を希望していない場合であっても、顧問税理士などが買い手の相談を受けている場合には打診されることもあるかと思います。前向きに考えられない場合にはハッキリ断ってください。
⑦ デュー・デリジェンス
売り手が開示している情報が正しいものであるか、税理士などの専門家と共に財務面や法務面から幅広く調査します。仮に純資産額が異なっていた場合には、基本合意契約を見直します。
後々のトラブルを避けるためにも、ここは非常に重要な段階ですので慎重に行わなければなりません。
⑪ 株主への通知・公告と株主総会特別決議による承認
事業譲渡の買い手側も株主への通知・広告をしなければならないことには変わりありません。また、買い手側も以下のケースでは、事業譲渡の効力が発生する前日までに、議決権の過半数を有する株主が出席し、議決権の2/3以上の承認を得なければなりません。
- 他社の事業の全部の譲受
- 会社の成立前から存在する財産で会社の事業のために継続して使用するものを、事後設立によって会社成立後2年以内に取得する場合
⑫ 公正取引委員会への届け出
国内売上高が200億円超である場合で次に当てはまる場合には、公正取引委員会への届出を行わなければなりません。
- 国内売上高が30億円超の会社の事業の全部の譲受けをしようとする場合
- 他の会社の事業の重要部分の譲受けをしようとする場合で、譲り受ける事業の国内売上高が30億円超である場合
- 他の会社の事業上の固定資産の全部または重要部分の譲受けをしようとする場合で、譲り受ける事業の国内売上高が30億円超である場合
⑬ 事業の移転と名義変更手続き
譲り受けた財産債務の名義変更手続きを行います。不動産がある場合には登記が必要です。
従業員との雇用契約については、売り手と終了した後、買い手と再度雇用契約を結びます。
3.事業譲渡のメリット・デメリット
なぜ事業譲渡は行われているのでしょうか。その理由(メリット)と、考慮しておかなければならないデメリットを売り手側と買い手側の双方からご紹介いたします。
3-1.売り手側
【メリット】
- 事業の一部のみを売却できる
- 売却による利益を他の事業に投資できる
- 法人格を継続して使用できる
- 不採算事業を切り離すことができる
- 事業を存続させられるので、従業員や取引先が路頭に迷わずに済む
【デメリット】
- 契約移転の承認に手間と時間がかかる
- 売却後20年間、譲渡した事業と同じ事業を営むことが禁止される(競業避止義務の発生)
- 譲渡益に法人税がかかる
- 事業の売却に消費税がかかる
3-2.買い手側
【メリット】
- 負債や不要な資産を承継せず、取得したい資産のみを選択できる
- 簿外債務や偶発債務を承継してしまうリスクを回避できる
- 承継した償却資産やのれん(営業権)の償却費計上によって節税できる
【デメリット】
- 事業の購入に消費税が発生する
- 名義変更や再契約などの手続きに手間と時間がかかる
- 事業の購入資金に承継後の運用資金を含めた多額の資金を準備しなければならない
4.事業譲渡の会計処理とかかる税金
事業譲渡で売り手側から買い手側に承継される財産債務の金額はそれぞれ異なり、売り手側は帳簿価格、買い手側は時価で処理します。
それでは次の例を用いて、双方の仕訳を切ってみたいと思います。
譲渡対価100,000,000円で以下の条件で事業譲渡を行った場合
事業譲渡の対象になる財産債務
対象財産 | 簿価 | 時価 |
---|---|---|
棚卸資産 | 5,000,000円 | 5,000,000円 |
建物 | 8,000,000円 | 5,500,000円 |
車両運搬具 | 1,000,000円 | 500,000円 |
土地 | 80,000,000円 | 85,000,000円 |
※債務の譲渡はなかったものとします。
4-1.事業譲渡の仕訳
【売り手側】
借方 | 貸方 | ||
---|---|---|---|
現金預金 | 100,000,000円 | 棚卸資産 | 5,000,000円 |
建物 | 8,000,000円 | ||
車両運搬具 | 1,000,000円 | ||
土地 | 80,000,000円 | ||
事業譲渡益 | 6,000,000円 |
譲渡対価を受け取り、譲渡する財産債務については簿価で計上し、貸借差額は事業譲渡益として利益計上されます。
【買い手側】
借方 | 貸方 | ||
---|---|---|---|
棚卸資産 | 5,000,000円 | 現金預金 | 100,000,000円 |
建物 | 5,500,000円 | ||
車両運搬具 | 500,000円 | ||
土地 | 85,000,000円 | ||
のれん | 4,000,000円 |
買い手側は、承継した事業の財産債務を時価で受け入れたうえで、時価と譲渡対価との差額をのれんとして計上します。
4-2.事業譲渡益には法人税が課税される
法人税は法人の利益に対してかかる税金ですので、事業譲渡で得た利益についても漏れなく対象になります。
ただ、事業譲渡益単体に法人税がかかるわけではありません。事業譲渡を行った年度の損益と通算した利益に対して課税されますので、事業譲渡益を超える赤字や繰越欠損金がある場合には、法人税は発生しません。
4-3.課税資産の譲渡には消費税が課税される
事業譲渡の対象になる資産に、建物、特許権、意匠権、棚卸資産、のれんなどの課税資産が含まれる場合には消費税が課税されます。
法人税は、利益が出た場合に限って発生しますが、消費税は、事業譲渡が赤字であったとしても、納税義務が発生する可能性があります。
4-4.不動産には不動産取得税と登録免許税が課税される
事業譲渡で不動産を承継した場合には、不動産を新たに取得したとして不動産取得税がかかります。
また、不動産の名義変更登記の際に登録免許税がかかります。
5.事業譲渡をご検討の際は当事務所へご相談ください
事業譲渡とは、会社ごとではなく特定の事業のみを譲渡することです。
事業譲渡は、その必要性の検討、譲渡先の検討、のれんの評価など、非常に専門性の高い分野になりますので、当事者のみで行うことは不可能に等しいのではないかと思います。是非、専門家のサポートを受けられることをおすすめいたします。
当事務所は、事業譲渡などのM&Aスキームについても豊富な経験・知識があります。事業譲渡をご検討の際には、お気軽にお問い合わせください。