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優秀な人材を確保し、労働生産性を向上させることは国の課題にもなっており、労働生産性の改善と向上がこれまで以上に求められています。「優秀な人材を確保したいけど、人件費に余裕がない」と悩まれている事業主の方の強い味方に「キャリアアップ助成金」があります。
派遣社員やアルバイトなどの非正規雇用労働者を正社員にすることで助成金が受けられる制度があります。この助成金制度を「キャリアアップ助成金(正社員化コース)」と言い、従業員1人当たり最大で80万円の助成金を受け取ることが可能です。
キャリアアップ助成金制度は、毎年ルールが少しずつ変わり、申請書類についても複雑化しています。ここでは、確実にキャリアアップ助成金(正社員コース)の給付を得るための手続きの流れと必要書類についてご紹介します。
1.キャリアアップ助成金(正社員化コース)の概要
キャリアアップ助成金とは、非正規雇用労働者を企業内で正社員にキャリアアップさせることを促進するための制度です。キャリアアップがあることで非正規雇用労働者の労働意欲や能力を向上させ、優秀な人材の育成と事業の生産性を向上させることを目的としています。キャリアアップ助成金には、キャリアアップの種類によって6つのコースが用意されています。(令和6年4月1日現在)
今回は、その中でも主要な「正社員コース」に焦点を当ててご紹介します。
1-1.キャリアアップ助成金(正社員化コース)とは?
キャリアアップ助成金(正社員化コース)は、有期契約労働者等(有期契約労働者・無期雇用労働者・派遣労働者)を正社員(正規雇用労働者等)へ雇用形態を変えた場合に助成されます。
助成金の支給額は対象になる企業が中小企業なのか、または大企業なのかにより異なります。また、正社員化により生産性の向上が認められるかどうかによって助成金の額が異なり、最大で80万円の助成金を受け取ることができます。
以前は、1回の申請で最大金額の助成金を受け取ることができましが、2024年(令和6年)度からは、1回当たり最大40万円、2回の申請で最大80万円を受け取ることができるように制度変更されました。
助成金の申請には多くの書類を作成する必要があり、正社員コースを申請してから助成金の受給まで1年以上かかる場合もあるため、周到な準備が必要になります。
1-2.正社員コースの助成金の支給額
雇用される期間が6か月以上の有期雇用労働者、無期雇用労働者、または、有期派遣労働者、無期派遣労働者を正規雇用労働者等に転換または直接雇用した場合に助成されます。助成額は有期・無期によって異なります。
転換または直接雇用 | 有期雇用→正規雇用 | 無期雇用→正規雇用 |
---|---|---|
中小企業 | 80万円(40万円×2期) | 40万円(20万円×2期) |
大企業 | 60万円(30万円×2期) | 30万円(15万円×2期) |
正社員に転換したあと、6ヶ月継続して雇用すると1期目として申請できます。
その後、さらに6ヶ月継続して雇用すると2期目として申請できます。
(出典:厚生労働省「キャリアアップ助成金のご案内(令和6年度版)」)
以前は、有期雇用労働者を無期雇用労働者に転換した場合にも、キャリアアップ助成金の対象となりましたが、令和4年度からは廃止されました。
①有期雇用労働者を正規雇用労働者に転換する場合
パートタイム・アルバイトや臨時社員、非常勤社員などの契約更新月に打ち切られる可能性がある労働者を有期雇用労働者と言います。
有期雇用労働者を正規雇用労働者に転換することで、中小企業の場合は「1人当たり80万円(40万円×2期)」の助成金が支給されます。大企業の場合は「1人当たり60万円(30万円×2期)」の助成金が支給されます。
②無期雇用労働者を正規雇用労働者に転換する場合
無期雇用労働者を正規雇用労働者に転換することで、中小企業の場合は「1人当たり40万円(20万円×2期)」の助成金が支給されます。大企業の場合は「1人当たり30万円(15万円×2期)」の助成金が支給されます。
加算額
また、以下のケースに該当すると助成金が加算されます。
措置内容 | 有期雇用→正規雇用 | 無期雇用→正規雇用 |
---|---|---|
派遣労働者を正社員として直接雇用 | 28万5,000円 | |
対象者が母子家庭の母または父子家庭の父の場合 | 95,000円 | 47,500円 |
人材開発支援助成金の訓練修了後に正社員化した場合 (自発的職業能力開発訓練または定額制訓練以外の訓練修了後) |
95,000円 | 47,500円 |
( 自発的職業能力開発訓練または定額制訓練修了後) | 11万円 | 55,000円 |
正社員転換制度を新たに規定し転換した場合 (1事業所当たり1回のみ) |
20万円(大企業 15 万円) | |
多様な正社員制度(※)を新たに規定し転換した場合 (1事業所当たり1回のみ) |
40万円 (大企業 30 万円) |
※ 勤務地限定・職務限定・短時間正社員いずれか1つ以上の制度
1-3.対象となる労働者
正社員コースの対象になる労働者は、次のいずれかに該当する人になります。
- ①支給対象となる事業主に通算して6ヶ月以上雇用されている有期契約労働者または無期雇用労働者
- ②6ヶ月以上継続して同一の業務に従事している有期派遣労働者または無期派遣労働者
- ③支給対象となる事業主が実施した有期実習型訓練(人材開発支援助成金(人材育成支援コース)によるものに限る。)を受講し、それを修了した有期契約労働者等であって、支給対象事業主に、賃金の額または計算方法が正規雇用労働者等と異なる雇用区分の就業規則等の適用を通算6か月以上受けて雇用される者
- ④新型コロナウイルス感染症の影響を受け、就労経験がない職業に就くことを希望している者で、紹介予定派遣により2ヶ月以上6ヶ月未満の間継続して同一の業務に従事している有期派遣労働者または無期派遣労働者
①から④までのいずれかに当てはまる場合でも、次に該当する場合は対象になりません。
- 正規雇用労働者になることを約束されて雇われた有期雇用労働者の場合
- 正規雇用労働者への転換日の前日から過去3年以内に同一事業所で正規雇用労働者として雇用されたことがある場合
- 支給申請日に離職している場合
- 正社員化のあと定年制が適用される場合、定年までの期間が1年未満の場合
※その他、事業主または取締役の3親等以内の親族である場合などは助成金の対象になりません。
1-4.対象となる事業主
助成金の申請の対象になる事業主については細かな規定があります。主なものについて見ていきましょう。
- 雇用保険に加入している
- キャリアアップ管理者を配置し、キャリアアップ計画書を作成して労働局の認定を受けること
- キャリアアップ計画書で指定してある期間内に正社員などに転換すること
- 正社員への転換制度を就業規則等に規定していること
- 対象になる労働者を転換した後に6ヶ月以上継続して雇用し、転換前6か月間の賃金より3%以上増額させること
- 第2期支給申請の場合は、転換した後に12ヶ月以上継続して雇用し、第1期(正社員化後、通常の勤務をした6か月間)の賃金と比較して、第2期(第1期後、通常の勤務をした6か月間)の賃金を、合理的な理由無く引き下げていないこと
- 労働法令等を遵守していること
2.手続きの流れ
正社員コースの手続きの流れはキャリアアップ計画書の作成からスタートし、申請手続きを経て助成金の受給になります。ここでは正社員コースの手続きの流れを見ていきましょう。
手順①キャリアアップ計画書を作成して労働局へ提出する
事業所ごとにキャリアアップ管理者を配置し、3年以上5年以内の計画期間を定めて、キャリアアップ計画書を作成します。そして、キャリアアップ計画書を労働局へ提出し、労働局長の認定を受けます。
キャリアアップ計画書とは、いつ頃に正社員への転換を行うか、目標や目標を達成するための措置などを大まかに記載する書類です。この書類は転換・直接雇用を実施する日までに提出しなければいけません。また、過去に同じ対象者のキャリアアップ計画書を提出しており、キャリアアップ計画期間が過ぎている場合は、変更届を忘れずに提出する必要があります。
手順②就業規則に転換制度を規定し、労働局へ届け出る
正社員等への転換についての規定を就業規則に盛り込み、労働局へ提出します。転換の規定は正規雇用への転換や派遣社員からの採用など、状況によって記載する内容が異なります。就業規則は作成(変更)だけでなく、労働者代表の意見を聴いたうえで、労働基準監督所に届け出る必要があり、施行日は正社員転換よりも前である必要があります。
例.正規雇用への転換の場合
第○条(正規雇用への転換)
1 勤続○年以上の者または有期実習型訓練修了者で、本人が希望する場合は、正規雇用に転換させることがある。
2 転換時期は、原則毎月1日とする。 ただし、所属長が許可した場合はこの限りではない。
3 人事評価結果としてC以上の評価を得ている者または所属長の推薦がある者に対し、面接および筆記試験を実施し、合格した場合について転換することとする。
※手順①と②については転換する前に行わなければなりません。
手順③労働者を転換する
就業規則に則って試験や面接を行い、合格後に労働条件通知書(雇用契約書)を交付します。規定した方法以外で転換を行うと認められませんので注意しましょう。また、就業規則に規定している労働条件・待遇にしなければなりません。
手順④-1 転換後6ヶ月間雇用を継続した後に1期目の支給申請を行う
転換後6ヶ月間雇用を継続し、6ヶ月分の賃金を支給した翌日から2ヶ月以内に労働局へ1期目の支給申請を行います。
※時間外手当を基本給とは別に翌月に支給している場合については、6ヶ月分の時間外手当が支給される日が賃金を支給した日とします。
※転換後6か月間の賃金を転換前6か月間の賃金と比較して3%以上増額している必要があります。
手順④-2 転換後12ヶ月間雇用を継続した後に2期目の支給申請を行う
転換後12ヶ月間雇用を継続し、12ヶ月分の賃金を支給した翌日から2ヶ月以内に労働局へ2期目の支給申請を行います。
※時間外手当を基本給とは別に翌月に支給している場合については、12ヶ月分の時間外手当が支給される日が賃金を支給した日とします。
なお、1期目の支給申請で不支給決定を受けた場合は、2期目の申請はできません。
手順⑤審査、支給決定
審査では、提出した書類(労働者名簿、賃金台帳、出勤簿、雇用契約書、就業規則)について労働法令の違反がないかチェックされます。時間外手当の計算から出勤簿との整合性などを細かく審査され、不明瞭な部分があれば追加で資料の提出を求められます。
申請から支給決定までは約半年かかり、審査を通過すると支給決定の通知書が交付され、助成金が振り込まれます。(通知書が届くより早く助成金が入金される場合があります。)
3.正社員コースに必要な書類
キャリアアップ助成金(正社員コース)に必要な書類は膨大です。また、申請に必要な書類は毎年変更になるため、厚生労働省のホームページをチェックして常に最新のものを使用しましょう。正社員コースには、次の書類が必要になります。
- キャリアアップ助成金支給申請書(様式第3号)
- 正社員化コース内訳(様式第3号・別添様式1-1)
- 正社員化コース対象労働者詳細(様式第3号・別添様式1-2)
- 支給要件確認申立書(共通要領様式第1号)
- 支払方法・受取人住所届(未登録の場合に限る)
(ここまでは厚生労働省のホームページより申請書をダウンロードできます。) - 労働局の認定を受けたキャリアアップ計画書(写)
- 労働協約(写)または就業規則(写)
- 対象労働者の転換前後の雇用契約書または直接雇用後の労働条件通知書または雇用契約書(写)(転換前後又は直接雇用後の契約内容、労働条件が確認できるもの)
- 対象労働者の転換前後の賃金台帳(写)
- 賃金3%以上増額に係る計算書
- 対象労働者の転換前後の出勤簿またはタイムカード(写)
- 中小企業事業主であることの確認書類
その他、母子家庭の母または父子家庭の父を転換等した場合の助成額の加算を受けるケースについては、追加で資料が必要になります。提出書類が多いため、後で提出した書類を見直すために全てコピーを取っておくといいでしょう。
申請様式はこちらからダウンロード可能です。(サイトの一番下のほうに、各年度ごとに分けて、申請様式のリンクがあります。必ず該当する年度の申請様式を利用してください。)
【外部サイト】厚生労働省:キャリアアップ助成金
4.注意すべきポイント
キャリアアップ助成金を申請する場合に注意しなければならないポイントがあります。間違えやすいところをいくつかご紹介します。
申請期間に注意
正社員コースの申請期間は、転換後6ヶ月分の賃金を支給した翌日から2ヶ月以内と定められています。この期間を過ぎると申請できませんので注意しましょう。
例.賃金締切日が月末で翌月25日払いの企業の場合
転換日1月1日で時間外手当支給日2月25日~7月25日の場合であれば、申請は7月26日~9月25日の間に行う必要があります。
賃金の3%以上の増額が必要
申請するためには、転換後6か月間の賃金を転換前6か月間の賃金と比較して3%以上増額している必要があります。時間外労働手当(固定残業代含む)など毎月変動するものや、通勤手当など実費補填であるものは対象外になり、2021年度から賞与についても含まれなくなったため注意が必要です。
また、家族手当など固定的な給与も就業規則に記載されていないと含めることができないので注意しましょう。
転換前後で増額になるような賃金設計には、「賃金上昇要件確認ツール」を利用すると便利です。
5.申請について
今回は、確実にキャリアアップ助成金(正社員コース)の給付を得るための手続きの流れと必要書類についてご紹介しました。
キャリアアップ助成金(正社員コース)は、非正規労働者を正規労働者へとキャリアアップできる規定を盛り込むことで、労働者の意欲を高めて生産性を向上させるための助成金です。この制度を上手に利用することで事業の効率化へ繋がります。
ただし、申請に必要になる資料が多く、審査では労働法令についても厳しくチェックされます。
当事務所では、各種の助成金・補助金の申請もサポートしておりますので、申請がご不安な場合は、お気軽にご相談ください。