目次
相続とは被相続人の債務を含む財産すべてを受け継ぐことをいいますが、中には財産を債務が超えていることがあり、相続することが相続人の生活を壊してしまうことになりかねないケースがあります。
そのような場合には「相続放棄」を選択することよって、一切の相続財産を相続せずに済ませることができるようになっています。
今回は、この相続放棄を行うことが相続税の計算にどう影響するのかを詳しくご紹介してまいります。
1.相続放棄と相続税の納付義務の関係
相続放棄をした人も相続税の納付義務があるのでしょうか?また、相続放棄した相続人以外の相続人へはどのような影響があるのでしょうか?
1-1.相続放棄をした本人
相続放棄をした本人は、「始めから相続人ではなかった」とされ、相続財産の一切を相続することができなくなります。相続をする財産がないということですので、相続税も発生せず相続税申告の義務もありません。
みなし相続財産を受け取り基礎控除額を超えた場合は相続税が発生
ただし例外として、生命保険や死亡保険金などのみなし相続財産を受け取り、基礎控除額を超えた場合は納付義務があります。
みなし相続財産とは、相続が発生した時点においては被相続人が財産として所有していたものではないけれども、被相続人の死亡によって相続人が受け取ることになった財産のことをいい、受取人固有の財産として相続財産には含まれません。
ただ、相続を原因として発生した財産ではありますので、相続財産とみなして相続税計算に含めなければならないようになっています。
1-2.相続放棄をした本人以外の申告義務者への影響
相続人のうちの誰かが相続放棄をすると、「基礎控除額が減って相続税が増えるのではないか」と思われる方もいらっしゃるかと思います。
基礎控除額は、「3000万円+600万円×法定相続人の数」で計算されますが、この法定相続人の数に相続放棄をした人は影響しません。相続放棄はなかったものとして法定相続人を数えます。
よって、相続放棄があってもなくても相続税の総額は変わりませんのでご安心ください。
ただし相続放棄をした人は相続をしませんので、その分、他の相続人が相続財産を相続することになり、それぞれが負担する相続税も増えることになります。
2.相続放棄によって相続税額はどれくらい違うのか
それでは相続放棄する人がいる場合といない場合で、各相続人が負担する相続税額がどれほど変わるのか具体的に計算してみます。
2-1.相続放棄がなかった場合
次の例における各相続人が納める相続税を計算してみます。まず、相続放棄がない場合です。
【例】
- 相続財産:1億円
- 相続人:妻、長男、長女
- 相続分
妻:5,000万円
長男:2.500万円
長女:2.500万円
相続税課税遺産総額
1億円 -4,800万円※ = 5,200万円
※基礎控除額:3,000万円 + 600万円 × 3人 = 4,800万円
各人の相続税額
相続人 | 相続税の額 |
---|---|
妻 | (5,200万円 × 1/2)× 15% - 50万円 = 340万円 |
長男 | (5,200万円 × 1/2 × 1/2)× 15% - 50万円 = 145万円 |
長女 | (5,200万円 × 1/2 × 1/2)× 15% - 50万円 = 145万円 |
総額 | 340万円 + 145万円 + 145万円 = 630万円 |
各人の相続分に応じた相続税額
相続人 | 各人の相続分に応じた相続税額 |
---|---|
妻 | 630万円 × 5,000万円/1億円 = 315万円 |
長男 | 630万円 × 2,500万円/1億円 = 157.5万円 |
長女 | 630万円 × 2,500万円/1億円 = 157.5万円 |
相続税の速算表(平成27年1月1日以後の場合)
法定相続分に応ずる取得金額 | 税率 | 控除額 |
---|---|---|
1,000万円以下 | 10% | - |
3,000万円以下 | 15% | 50万円 |
5,000万円以下 | 20% | 200万円 |
1億円以下 | 30% | 700万円 |
2億円以下 | 40% | 1,700万円 |
3億円以下 | 45% | 2,700万円 |
6億円以下 | 50% | 4,200万円 |
6億円超 | 55% | 7,200万円 |
【出典】No.4155 相続税の税率|国税庁
2-2.相続放棄があった場合
次に相続放棄があった場合です。先ほどの例で長男が相続放棄したとします。
相続税の総額までの計算は同様ですので記載を省略させていただきます。
相続税の総額
630万円
各人の相続分に応じた相続税額
相続放棄をした人が負担するはずだった相続税は、他の相続人が法定相続分で按分した額を負担することになりますので、長男が負担するはずだった157.5万円を妻と長女で法定相続分の1/2ずつで按分し、加算します。
相続人 | 各人の相続分に応じた相続税額 |
---|---|
妻 | 630万円×5,000万円/1億円+(157.5万円×1/2)=393.75万円 |
長女 | 630万円×2,500万円/1億円+(157.5万円×1/2)=236.25万円 |
ただし、実際には、相続放棄がなかった場合もあった場合も、妻は、配偶者の税額軽減により相続税は非課税になります。
3. 相続放棄があった場合の相続税の計算
相続放棄は相続税計算の各過程にどのように影響するのでしょうか。
3-1.基礎控除
1-2.でご紹介させていただきました通り、相続放棄は基礎控除に影響しません。
相続放棄はなかったものとして法定相続人を数えます。相続の手続きでは「始めから相続人ではなかった」として扱われるのですが、相続税の計算では「放棄はなかった」として扱われます。
【関連記事】相続税の基礎控除とは?相続税の基本をわかりやすくご紹介
3-2.債務控除
相続放棄をした人は一切の債務を含む財産を相続しませんので、債務控除の適用もありません。
ただし、葬式費用については被相続人の債務ではなく別に発生した費用ですので、相続放棄した人が負担した葬式費用は債務控除の対象になります。
【関連記事】相続税の債務控除|相続財産から差し引くことができる債務とは
3-3.配偶者の税額軽減
相続放棄をした配偶者が、生命保険金などのみなし相続財産を受け取るために相続税がかかる場合には配偶者の税額軽減は適用できるのでしょうか?
相続放棄をしたとしても被相続人の配偶者である事実は変わりませんので、相続放棄に関係なく適用することができます。
【関連記事】相続税における配偶者の税額軽減|基本から注意点までをご紹介
3-4.みなし相続財産の非課税枠
生命保険金や死亡退職金には非課税枠があり、「500万円×法定相続人の数」までは相続税がかかりません。
基礎控除と同様に、相続放棄はなかったものとして法定相続人の数を数えます。
ただし、相続放棄をした人が生命保険金や死亡退職金を受け取る場合には、非課税枠の適用はできません。
非課税枠は民法上の相続人のみが適用できますので、相続放棄により相続人でなくなった人は相続人ではないとされます。
【関連記事】生命保険に相続税はかかる?相続税がかかるケースと計算方法
3-5.未成年者控除・障害者控除
相続放棄した人が未成年者控除や障害者控除の適用要件に該当している場合には、民法上の相続人ではなくなったとしても、適用することができます。
【関連記事】相続税の障害者控除とは?計算方法と利用の際のポイントについて
3-6.相次相続控除など
相次相続控除は適用が相続人に限定されますので、相続放棄をした人は適用を受けることができません。
【関連記事】相続が相次いで起こった場合|相次相続控除とは
3-7.2割加算
被相続人の配偶者と一親等の血族以外の人が相続をした場合には、相続税が2割増しになる制度です。
相続放棄をした人は相続人ではなくなりますが血縁関係の位置は変わりませんので、相続放棄をしたからといって、配偶者や一親等の血族の人は2割加算の対象にはなりません。
【関連記事】相続税の2割加算の対象範囲と計算方法
3-8.生前贈与加算
相続開始前3年以内に被相続人から財産を贈与された人が相続放棄をした場合には、遺贈により財産を取得している場合に限って生前贈与加算の対象になります。
贈与を受けていても相続財産の一切を受け取っていない場合には対象外です。
【関連記事】贈与税とは?|どんな時にかかる?非課税枠は?わかりやすく解説
3-9.相続時精算課税制度を利用した場合
相続時精算課税制度により贈与を受けた人が相続放棄をした場合であっても、その贈与財産は遺贈により取得したものみなされますので、相続税計算に含めなければなりません。
【関連記事】相続時精算課税制度とは?|その仕組みメリット・デメリットについて
4.相続放棄があった場合の相続税申告の添付書類
相続税申告書には必要に応じて多くの添付書類を付けなければなりません。
どの相続にも共通して必要となる基本的な添付書類は次の通りです。
書類名 | 誰の |
---|---|
出生から死亡までの連続した戸籍謄本 | 被相続人 |
住民票の除票 | |
身分証明書 | |
略歴(各自作成) | |
戸籍謄本 | 相続人全員(※) |
住民票 | |
印鑑証明書 | |
相続関係説明図 | |
遺言書・遺産分割協議書 | - |
※相続人全員とありますが、相続放棄をした人は相続人ではありませんので基本的には必要ありません。
ただし、遺贈やみなし相続財産の取得などで申告書に記載される場合には必要になります。
相続放棄があった場合に必要な添付書類「相続放棄申述受理証明書」
相続放棄があった場合は、次の書類も追加で必要になります。
相続放棄申述受理証明書
相続放棄の申述をして受理されますと、家庭裁判所から「相続放棄申述受理通知書」が送付されてきますので、「相続放棄申述受理証明書」の発行を申請して取得します。
通知書はあくまでも、受理しましたという申述した人への通知が目的ですので、相続税申告書へ添付するのは対外的に証明できる相続放棄申述受理証明書になります。
相続放棄と相続税に関するFAQ
相続放棄をした本人は相続税の納付義務はある?
相続放棄をすると、「始めから相続人ではなかった」とされ、相続する財産が無いため、相続税も発生せず相続税申告の義務もありません。ただし、生命保険や死亡保険金などの「みなし相続財産」を受け取り、基礎控除額を超えた場合は納付義務があります。
相続放棄をした本人以外の相続税申告義務者への影響は?
基礎控除額、相続税総額には影響はないですが、相続放棄をした人の分の財産を相続することになるため、相続人の納付すべき相続税額はそれぞれ増えることになります。
相続放棄をしても受けられる税額軽減や控除には何がありますか?
配偶者の税額軽減や未成年者控除、障害者控除などは適用を受けられます。なお、みなし相続財産の非課税枠や相次相続控除は適用を受けられません。
相続放棄をする際に、相続税申告書に添付すべき書類は何ですか?
相続放棄申述受理証明書です。
まとめ
相続放棄をした人がいても、相続税計算に大きな影響はありません。
留意すべきポイントは、相続税を計算するうえでは、相続放棄をした人は「始めから相続人ではなかった」と考える民法と、「相続放棄はなかったもの」と考える相続税法との違いです。
相続放棄は本人だけの問題ではなく、少なからずでも他の相続人に影響することですので、スムーズな手続きを行うためにも税理士や弁護士へのご相談をおすすめいたします。